複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.29 )
- 日時: 2020/12/07 17:03
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
【番外編】No.11 死にゆく者達へ
その日も、ルート隊長の鮮やかな剣捌きに散っていったバーコードを見送った。
「──任務完了……と」
そのバーコードは、元々カイヤナイトの一員だった。どのような方法を使ったかは不明だが、カイヤナイトが着用を義務付けられている爆弾の入った首輪を突破して、隊から逃げ出したのだ。
馬鹿なことをする、と義足の女は思う。物言わぬ屍になった同胞の体に近づく。まだ生温いが、心臓はほとんど機能を止めていて、瞳孔も開ききっていた。
ああ、なんて呆気ない死だろうか。
脱走なんて考えずに、真面目にカイヤナイトの兵士として働き続ければ……このように、死期が早まることはなかっただろうに。
右だけ義足の彼女、オーテップはバーコードの遺体の前で、静かに両手を合わせた。安らかに旅立つといい。言葉にせずに、黙って追悼を捧げる。
「あの盲目女、気持ちが悪いな」
少し暗い赤色をした髪を邪魔そうに払いながら、今回の任務の隊長であるルートが呟く。
盲目女とは、オーテップのことを指す言葉だった。彼女の使う〈スターレス〉という能力が、自分の視力と引き換えに、相手の五感を奪うものだから。戦いの場面に置いて、オーテップはよく盲目状態で動き回ることになる。それを忌避した言い回しだった。
過剰なほどのバーコード嫌いであるルートが敢えてそういう発言をしているのはわかっているので、オーテップもあまり気にせずに流そうとする。
「バーコードを殺す度に死骸の前で手を合わせているなんて。なんのつもりだ」
オーテップとしても、気障の荒いルートとは関わりたくないと思っていたところだが、こうも話しかけられては避けようもない。
「弔いなんて、なんの意味がある」
ルートが噛み付くような口調で続ける。意味。考えたこともなかったな、とオーテップ。でも、意味がどうだとか、そんな理由で手を合わせるわけではない。
「死した同胞が、安息の地に行けるように、祈ってるんですよ。もう、苦しまなくていいように」
彼らは散々苦しんだ。だからもう、いいじゃないか。あとの苦しみは、生きた者が背負っていく。だから今だけは、どうか安らかに。
希薄な祈りは届くだろうか。冒涜された生命にさえ、拠り所はあるのだろうか。バーコードに作り変えられたその日から、破滅の運命を辿るしかなかったカイヤナイト達が、果たして安息の地に逝けるだろう。でもそうだ、それがわからないからこそ、祈るのだ。
「ルートさんもどうですか。昨日亡くなったハイアリンクの隊員に追悼は捧げました? まだなら、祈ってあげてくださいよ。ルートさんに送られたら、安眠できそうだ」
「下らない」
オーテップの提案は一言で一蹴されてしまう。復讐だけが行動理念のこのルートという人物に、死者を弔うなんて行為、理解できないのかもしれない。
さて、それはどうだろう、とオーテップは考える。
「へえ。まあ考え方は人それぞれですけどね。死を悼むことも、きっと大切な事ですよ」
このヒトは復讐に囚われている。でもそれは、命に変えても救いたかった誰かがいたから。失ったものがあまりにも大きかったから。それを念頭に置いておくなら、ルートにだってわかるはずなのでは、と考えもするのだ。
「ルートさん。あなたにもいつか、わかる日が来るはずだ」
今はまだ、焼き付いた復讐に目の前が黒焦げになっているのかもしれない。でもいつか、靄は晴れるだろう。
復讐なんて、虚無だ。それを続けていくうちにいつか、自分が空っぽであることに気付く。そうして枯渇したとき初めて見えるものがあるはずだと、オーテップは思う。
「……わかりたくもない」
ぼやくように吐き捨てて、ルートは踵を返した。オーテップはまだ、ルートという人物を信じていた。あの冷たいオッドアイに秘められているものが、必ずしも仄暗い復讐心だけではないのだと。復讐は、誰かを思い遣るから生まれる動機だ。ルートはきっと、本当は全部見えているのだと。
***
「あの……ルート隊長って、実は女性なんですか」
世の中、絶対に聞いてはならないことがあるというのはよく理解している。理解だけは。しているのだが、それはそれとして、これはこれ。この脳内のバグをどうにかして処理しないと、明日の任務にすら支障を来すに違いないと、オーテップは判断したのだ。
でも本当に、こういうデリカシーのない質問は最悪だと思う。わかっている。だからもう、実践時よりも心臓はバクバクで、喉もカラカラになっていた。
癖毛の髪をいつも耳の上で高く2つに結んでいるトトは、風呂上がりの湿った髪を乾かすためにそれらを下ろしている。脱衣室でタオル一枚しか巻いていない無防備な状態の彼女に、オーテップは訊いてしまった。
いやだって、本当に明日からの任務のとき、ルートを見るたびに無駄な思考が邪魔しそうで困っていたのだ。これは頼れる優しい先輩であるトトに質問するしかなかろう。
風呂上がりの逆上せた頭のせいか、いつもよりふわふわした口調で彼女は笑う。
「え? ルート君、女の子でしょう? 匂いでわかるもん。でも、あんまり関わりたくないから本人には言わないけど」
割と普通に白状された。
まじか、と頭を抱える。
ずっと男性だと思っていたハイアリンクが、実は女性だったとか、どんな反応をしていいのかわからないぞ。
事の発端は遡ること30分前。任務の終了がかなり遅れて、完全に消灯時間を周っていたが、トトやオーテップが帰還した。今回の仕事では、結構ハードな戦闘をさせられた。お陰で隊服もボロボロだったし、自分自身に怪我はないものの、返り血で生臭くなっていた。
流石にこんな状態で部屋に戻るのは、衛生的に考えられない。そういうわけで、トトと共にハイアリンクの共用浴場に入りに来たわけだが。
多分、訪れた時間が悪かった。
丁度女子風呂ののれんを潜って出てきた人物とすれ違うとき、少し肩をぶつけてしまった。
「おや、ごめんなさい」
相手はタオルを頭からすっぽり被っていて顔はよく見えなかったが、肩が触れた時点でなんとなく相手を察したのだ。
──あれ、このヒト、ルート隊長じゃね?
女子風呂から出てきた、そのダークレッドの髪の女は何も言わずにそそくさと立ち去っていったが。
ダークレッドの髪の女?? 女ってなんだ、ルート隊長は、男性だぞ。
いやまて、色々おかしい。確かに体格の感じからして、ぶつかったのはルート……だと思う。髪は下ろしていたし、顔も見えなかったが、筋肉の付き方といい、あの細身の体はほぼ間違いなくルート。
深夜帯に浴場でヒトとぶつかったことはどうでもいいのだ。問題は、ルートが男性であるということ。でもおかしいな、今女子風呂から出てきたよな。
そうなると、ルートによく似たオーテップがまた知らないカイヤナイトとか、ハイアリンクだったのだろう、で済むところだが。
どうしてか、他人の空似とは思えなくて、オーテップは入浴中もぐるぐると考え続けることになった。
「オーちゃんさっきからぼーっとしてるけどどうしたの。逆上せた?」
「いえ、この程度の湯で逆上せるようなやつじゃありませんよ私」
湯船に浸かってぼんやりしていたせいで、トトにも軽く心配される。
……トトなら、ルートのことをわかっているかもしれない。でもこんな突拍子もないことを訊いて……いや、訊かないと気になりすぎて、やはり今後の仕事に影響しそうだ。
そう考えたオーテップが、意を消して脱衣所で訊ねたところで現代に至る。
「まあ、性別を偽るということは、何かそれなりの理由があるのでしょうし、詮索するべきでは無いですよね……」
そうだねえ、とトトが緩い口調で言う。
「わたしも最初気付いたときビックリしたなあ。綺麗な顔の子だとは思ってたけど、女の子だとは思わないじゃない」
本当にそうだ。深い事情があるのかもしれないが、性別を偽り続けるというのはきっと難しいことなのだろう。実際、それに失敗してオーテップとトトには気付かれてしまったのだから。
それに、明日から彼女と顔を合わせたとき、どんな反応をしていいか正直少しも想像がつかない。どんな仕草を見せても違和感を与えてしまいそうだ。ヒトの秘密を知ってしまって、それを知らぬふりをする。これは普段の任務と比べてもかなり難易度の高いものに思えた。
そんなオーテップの不安を察知したのだろう。トトは落ち着いた口調で語る。
「ただの同僚だから、深く詮索はしない。でも、何か抱えてるものはあると思うから、突き放したりはしない。そういう向き合い方でいいと思うんだよね」
ようするに、今まで通りに接しろと。
「わたしたちは、バーコードを殺す。そこにどんな信念や理由があるかなんて、本人のそれが揺らがない限りは何でもいいんだもん」
「そう、ですよね」
──弔いなんて、なんの意味がある。
死を悼む意味を今は知らない彼女には、抱えている大きなものがある。きっと今はそれを、独りでやり遂げようと必死なのだ。
彼女はとても、孤独なヒト。いつも独りで戦っているみたいに剣を振るうのだ。周りが死んでもどうでもよくて、自分が傷つく事すら厭わない。そんな危なっかしさも全て抱えて、男のふりをして強くあろうと振る舞う。
それを、自分は何も言わずに見守っていようと思った。
人間と群青バーコードである自分達が、本当の意味でわかり合うことなんてできないと、何処かで悟りながらも。
***
(水海月様提供:ルート)
(NIKKA様提供:オーテップ)
性別バレするルートの話。実は女性でしたが、中々本編で出せない要素なので、ここで語りました。