複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.30 )
- 日時: 2020/12/07 17:04
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
【番外編】No.12 それは虚しい前夜
その漆黒は、彼らの希望の闇と言えた。
黒々していて、どこまでも深い暗色の双眸。その中で揺れる輝きが、“タンザナイト”を導く。きっと彼らは自由を手に入れるのだと。
太陽の色の髪を2つに結び、その特徴的な黒の瞳を持った翡翠バーコードの女、ロスト。本来群青バーコードしか所属できないバーコードで構成されたバーコード殲滅部隊、カイヤナイト。彼女はその強力な〈能力〉を買われて、特別にカイヤナイトに所属していた。そしてそのカイヤナイト内で、とある計画を勧めていた。
カイヤナイト達はその首に青い首輪の装着を義務付けられている。そこには小型の爆弾が内蔵されていて、ハイアリンクの行動に違反した場合は容赦なく起爆ボタンを押されて首が飛ぶ。そのため、カイヤナイトのバーコード達が人間に逆らうことはまずなかった。ロストも例外なく、その首輪を付けていたため、人間には従順に従うしかない。……はずだったのだが。
ロストは“とある少女”の協力により、“偶々”その首輪を無力化する方法を見つけた。だから、数人の同士を募ってカイヤナイトから脱走する計画を練っていたのだ。
それが“タンザナイト”。カイヤナイトを脱走するバーコード達で構成された組織を、作ろうとしていたのだ。名前の由来は、とある青い石。誇り高きヒト、という石言葉が、人間の支配から逃れようとする彼らの意思にぴったりだと思って名付けたのだ。
それからもう1つ。空想、という石言葉もまた、彼らにお似合いじゃないか、と。ロストは皮肉を込めた笑みでそう考える。
ロストは信頼を置ける数人のカイヤナイトにだけ、この話を持ちかけた。そのうちの1人が、金髪に碧眼の男、ニックだった。大人しく人間に従っているふりをしながら、その腹の中は真っ黒で。彼は常に人間に対して敵対心を持っていた。──だから、彼なら適任だとロストは思ったのだ。
話を持ちかけたとき、彼はその青い瞳をくるくると丸くして、じっとこちらの瞳を覗き込んでいた。この世には黒の瞳を持つ人間などいない。ロストのこの黒い眼こそが、翡翠バーコードたる所以であり、誰もがこの目を不気味だと、気持ちが悪いと避けていたのに。ニックはいつも、真っ直ぐにこの目を覗いてくる。
「ロストさんの目、凪いだ夜の海みたいに静かで……綺麗だ」
いつか、そう言いながらロストの目を見て笑っていたニックを思い出す。おかしな子だな、と思う。この不気味な虹彩を綺麗だなんて、かなりおかしな感性を持っている。
でも、初めてだったのだ。この瞳を認めてくれる誰かに出会うなどと、思わなかったから。
──ああ、ひとりだけ、他にもいたっけ。
桜色の髪を靡かせて口角を緩めてみせた彼女。彼女もまた、漆黒に呪われた存在だったからか。この瞳を愛おしそうに覗いてきたのだっけ。
***
ロストは自分が信頼を置いているカイヤナイトしかタンザナイトに勧誘しなかったが、1人だけ例外があった。それはニックを指導した優秀なバーコードの女だと言う。彼女のことを、どうしてもタンザナイトに加入させたいと、ニックが言い出したのだ。
ロストは頷くべきか迷った。自分が信頼していない存在にまでタンザナイトの計画を知られるのは得策ではない。上に報告されれば、ロスト達は脱走を企てた罪人として一瞬で首を飛ばされるだろう。それだけ危険な綱渡りだったのだ。
「これがどういうことか、わかっているのかニック」
ロストが警戒しながら訊ねると、ニックはやはりロストの眼を真っ直ぐに射抜いて、絶対に大丈夫だ、と発言する。
ロストは、目を見て会話をされることが苦手だった。というか、ニックの視線が苦手だった。こんなに真っ直ぐに信頼しきった瞳を向けられては、困ってしまう。誰もがロストの漆黒の双眸を恐れるのに。ニックは逆なのだ。どうして彼にはそれができるのか。ロストにはわからない。ニックがロストに対して抱く感情が、何一つ理解できなかった。それ故、不気味だと思うのだ。でも、だからこそ信頼している。彼ならタンザナイトで活躍してくれるだろうと。
そんな彼が必要とする人物。ニックの戦闘の指導をした、カイヤナイトとしての在り方を伝授した頼れる先輩というのが、灰色がかった金色の短髪の女、オーテップだった。彼女の右足は、歪な鉄でできている。義足だ。足を失ってなお、その優秀さを買われて処分を免れた。確かに戦闘力に関しては何1つ問題ない。是非タンザナイトにいて欲しい人材だ。
だが、タンザナイトを束ねるロスト自身があまりオーテップのことを知らない。だから簡単にニックの提案に頷くことができなかったのだ。
なのに、最終的に話だけでも持ちかけることを許したのは。ロストは、ニックに対して甘いのかもしれない。
「おや、ニックにロストさん。2人揃って私に何か用かな」
気さくに話しかけてくるオーテップに、ニックは重々しく口を開いた。タンザナイトという組織の存在。脱走して、自由を手に入れるのだと。もうバーコード殲滅部隊で死線に立つ必要は無くなるのだと。
ニックの話を聞いた彼女は、困ったように肩を竦めて微笑む。
「今の話、私が上の者に報告したら、あんたらは終わりなんじゃないの」
「オーテップさんはこんなことしないッスよ」
何故か自信満々にそう言い切るから、ロストとオーテップは顔を見合わせた。
「おいおい、断言するなんて。私はこう見えて気分屋だからわからないよ?」
「アンタは、同胞の命を何よりも大切にしてる。ボクのことも、大切に思ってる。だから、しない」
そうだ。オーテップは誰よりもバーコード達の命を大事にしている。そのくせ、人間には犬のように忠純だ。生きることに何よりも執着しているようでもあり、奔放でもある。そんな彼女だからこそ、ニックは声を掛けたのだろう。
でもオーテップはタンザナイトに着いてこようとはしなかった。
「大事だから。だから、そんな馬鹿なことはやめろって言いたいけど。ああでもその目、迷いなんかないんだね」
オーテップは一応、タンザナイトとして脱走を企てているのも止めようとは考えたらしい。でもニックの覚悟もロストの思惑も、何1つ自分が入り込める隙はないと判断したようだ。そうだ、今更誰かの言葉で揺らぐような計画ではない。
自由を夢見るその瞳は、ある意味盲目だ。それ以外は何も見えないのだから。狭まった視野では他のものが見えてない。だから危険なのだ。
ロストにはそれもわかっていた。タンザナイトは、破滅への一歩でしかない。知っていて、この計画を進めていたのだ。
それが、桜色の少女との計画だったから。
賢いオーテップは、否、人間に忠誠を誓った彼女だからなのか、兎に角この女はタンザナイトについてきはしない。だからといって人間に密告する気もないらしい。
「じゃあせめて、簡単に死ぬんじゃないよ」
このときの選択を、オーテップは後悔する。止めなかったこと。あれは正しかったのか。でも、今こうして彼らと敵対すること、それが一番望ましくなかった。
後悔したとしても、自分ではどうしようもなかったと知っている。夢に取り憑かれたヒトの眼は、どこまでも純粋に濁っているから。
「私は、お上さんの命令に従うだけだからなあ」
タンザナイトを討伐しろと命令された夜。オーテップは諦めたように肩を竦めて笑うだけだった。
オーテップ先輩、と懐いてきていたニックを殺す。あまり考えたくない未来だったが、避けられない運命だと言うことも、なんとなくわかっていて。
それでも、対峙する青い瞳の男を眺めては、やっぱり遣る瀬無い気持ちになるのだった。
***
タンザナイトの前隊長、ロストと隊長ニック、それから彼に関わりのあるオーテップの話。何気に大事な話なので、本編の例の場面の前に読んでほしい。