複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.35 )
- 日時: 2021/01/06 20:16
- 名前: ヨモツカミ (ID: gnqQDxSO)
【二次創作】 No.05 堂々たる殺意より
僕らを繋ぐ鎖は、きっと首に絡まっていて、逃れようと藻掻くたびに自分たちの体を傷つけ合うのだろう。
先輩に出会ったのは、放課後の誰もいない科学室だった。科学部の部員は僕を含めて一人だけで、高一の僕が今年入らなかったら消えていた部活だ。僕は別に、科学に興味があったわけでもなく、そこに入って部長になることで、内申点を稼ぎたかった。つまり科学部は僕にとってただの都合のいい場所で、将来的に何か人に偉そうにお話できる実績が欲しかったから入っただけの、利用し合う関係ってところだった。
一応部員としてそれっぽく白衣に手を通してみて、それっぽく実験器具もいじってみたが、やったことといえば、アルコールランプでカルメ焼きを作って遊んだくらい。中々美味しくできて、悪くないと思った。
その日は確か、誰もいないはずの科学部に来たら、先輩がいたのだ。顔も名前も知らない、と言えば嘘になるが、筑紫丹兎(つくしにと)という男と顔を合わせるのは、確かに初めてであった。顔を見た瞬間、心臓が口から飛び出そうになるくらい驚いた。何せ、僕の方は彼を一方的に知っていたのだから。
でも、この世界では知らないことになっていたから。顔は忘れたくても忘れられないくらいよく知っていて、名前はここでは違うのだろうと考えて。なんでもないような素振りを努めて、こんにちは、なんて話しかける。科学部に幽霊部員なんていないし、学年カラーからして彼が三年生の生徒だということは分かった。じゃあ、忘れ物でもした生徒なのだろう。そう思いつつも、科学部に見学にでも来たんですか、って声をかけた。
先輩は何も答えずに、何かぼやくだけだった。変なやつ。そう思っても口に出さずに、親切に科学部の説明なんてした。本心を言えば、早くこの部屋から退室して欲しくて、なんで君がここにいるんだ、の言葉を噛み殺して。
部員は自分しかいないこと、だから僕が部長であること、普段からまともな活動はしていないこと、そこまで話しても先輩は不思議そうな目で僕を見ているだけだった。全体的に色素が薄くて消えそうなのに、でも力強い目をしている男。小柄な僕をぼんやり見下ろす彼も、それほど背は高くない。ああ、何も変わらないんだなって、近くに歩み寄ったときに思った。
そろそろ面倒になって、ちょっとカマかけてみようか、なんて考えたのが悪かったのだと思う。
「ねぇ……久しぶりだね、ニック」
「は? 誰? ボクはあんたに会ったことなんか……」
ずっとぼんやりしていたくせに、急に大袈裟に驚いた様子で返してきた。その通り、僕らは初めましてだ。普通に生活していたらもう再び顔を合わせることなんてなかっただろうに。同じ学校に入学してしまったのは、腐れ縁か何かだろうか。
「そうですよ、先輩。初めまして。で、先輩は科学室に何か用でもあってきたんです?」
「なにか?」
先輩は考え込んで、ボクは何しに来たんだっけとか、おかしなことを言い出す。あんたが何の用で来たのか、こっちが知りたいのに。
用が無いなら帰ってくれますか。そう言い終わるか終わらないかのところで、急に。
先輩が僕の首を両手で掴んできた。そのまま押された僕は、後ろの壁にゴツン、と後頭部と背中をぶつけて。僕の首を掴む先輩の指に、はっきりと力が込められた。要するに、首を絞められていた。
う、とくぐもった音が漏れただけで、上手く声が出ない。正面から、的確に喉仏の辺りを親指で圧迫される。放せ、と声を上げたいのに、上手く行かない。次第に呼吸が苦しくなっていって、かは、なんて意味のない吐息が溢れる。
遊びで首を絞めることは普通にあるけれど、それだったらこの辺りで開放されている。けれど先輩は一向にやめる気配がない。それどころか、ギチギチともっと強く喉を圧してくる。先輩の腕を制服の上から掴んで、引き剥がそうとするも、どうやら自分の力では及ばないらしい。
「がっ……ぁ、ぐ、」
視界がチカチカと明滅する。いよいよ本気で放してもらえないと命が危ない、と自覚して、どうにか身をよじるのに、先輩は更に強い力で押さえつけようてしてくる。ひゅ、と喉から変な音が鳴る。
こいつ、僕を殺す気だ。明確にそう思い始めた辺りでは、もう腕に力が入らなくなりだしていて。唾液やら勝手に出てくる涙で酷い顔をしていたと思う。
先輩は自分が人を殺すかも、という自覚でもしたのか。やっとのことで解放されると、僕は床に座り込んで何回も咳き込んだ。息を吸いたいのに、喉につっかえた空気が吐き出される。
ぜいぜいと呼吸を繰り返していたら、大丈夫か、なんて先輩が聞いてきて、お前がやったくせにと思いつつも小さく頷く。
「そんなつもりなかったんスよ、何故か急に気持ちが抑えられないくらい暴力的な思考になって、そうしたら、君にこんなことを……」
ああ。やっぱり先輩には前世の記憶がない。でも前世の怒りを体が覚えていたらしい。
先輩の仲間たちをみんな殺した。仲間のふりをして、騙して。ある日惨殺した。そして先輩は復讐に燃えて。でも達成できなかった。
僕は世界の常識から弾き出された異質な存在で、要するに死という概念を持っていないバケモノだったから。先輩は復讐のために何度も僕を殺したけれど、僕はその度何度だって生き返った。
彼の仲間たちを惨殺して、だから殺された僕は、その都度生き返り、そして殺されて、生き返って、繰り返した不毛な闘いは結局終末を得ることはできずに。先輩は、僕のことを命を落とすその瞬間まで色濃く恨み、怨み、呪い続けただろう。
その因果なのか。僕達はこうして来世で出会ってしまった。
ニック。タンザナイトの隊長。漆黒バーコード。不老不死のバケモノ。それが前世での僕らで。
でも、この世界の僕はただの人間だ。殺されれば、普通に死ぬ。一度の苦痛で終われるなら、悪い気はしない。死にたいする恐怖なんてもう、残ってはなかった。それでも、ニックの方は違うのだろう。
僕を殺したくて、堪らないのだろう。こうして転生して、僕のことなんて忘れてしまっても尚、魂に刻まれた怒りが突き動かす。きっと筑紫丹兎という少年は、この激しい殺意とは無縁の生活を送ってきたはずだ。僕と出会ったことで、魂に刻まれた憎悪が呼び出されてしまったのだろう。
「君に。君に殺されてしまったほうが、君は楽になるのかな」
嘆息を混ぜ混んだ声で口にする。先輩は目を見張るばかりだった。
「こ、殺す気なんて無いッスよ、だから、さっきのは事故で……」
先輩は自分の掌を、何か信じられないものでも見るみたいに見つめた。それから僕に怯えたような視線を向ける。殺されかけたのは僕なのに、なんでそんな顔されるのか。
それが気に食わなかったから、僕は嘲笑を混じえて言う。
「事故? あんなに本気で殺そうとしてきたくせに、無責任だね。先輩は初対面の後輩をつい殺してしまいそうになるようなサイコ野郎なんですね?」
「違……だから、急に気持ちが抑えられなくなって、理由は、わからないんだ……ああ、ボクはなんて恐ろしいことを……」
少しからかい過ぎただろうか。それに、これ以上対面していると、また殺そうとしてくるかもしれない。次にそうされたときも生きていられるかはわからなかったので、さっさと部屋から先輩を追い出した。
首にはくっきりと痣が残ってしまっていた。
それから一週間ほど経って。どういうわけか僕らはまた一緒にいた。
「ちゃんと謝りたくて」
それが先輩の言い分だった。放課後に人気がない屋上に呼び出されて、浮かない顔をした彼がそんなことを言ってくる。僕としては、この状況が少しだけ怖かった。だって、今ならこの屋上から簡単に逃げられないし、また殺されかけたなら、今度こそ死ぬだろう。別に、前世の境遇のせいで死ぬのは慣れた。でも、生物として本能的に、死は恐ろしいものだ。抗いたいものだ。それに今の生活は気に入っている。簡単に死にたいとは思わない。
「その、謝る前に、あんたに色々聞きたいことがあるんだ。こないだからボク、変なんスよ」
「僕からすると最初から変だけどね。何?」
先輩は少し迷うような素振りを見せたものの、思い切って言葉にする。
「海原真理亜(うなばらまりあ)先生、いるじゃないスか。国語の美人な教師。あの人のことが、やけに気になったり、」
「……恋愛相談かい?」
「違うから! 他にも、今までどうでも良かった生徒のことがやけに気になったりするんだ。名前だって知らなかったし、初めて見るのに、そんな気がしなくて、懐かしかったり、その、凄く近寄り難い感じがしたり……アンタのことみたいに、身に覚えのない感情が湧くんスよ」
この学校には、他にも僕の前世に関わる人間が何人かいる。それらが関係しているのかもしれない。海原先生だって、前世では先輩……ニックと共に行動をしていた、タンザナイトの副隊長だった。僕と顔を合わせたときに少しの動揺も見せなかったから、おそらく彼女にも前世の記憶はない。でもなんの因果なのか、僕らは同じ学校にいる。変な気分だ。
「ちなみにその気になる生徒ってのは誰なの」
一応確認しておこう、と訊ねてみる。
「一年の夏目朱(なつめあけ)、あと同じクラスの倉見憂威(くらみうれい)だ。夏目さんのことは懐かしい感じがして、倉見のことは見てると何故かイライラする。倉見はすごくいいやつなのに……」
夏目朱。アケ。それもまた、タンザナイトに所属していた少女だ。彼女までこの学校にいるとは知らなかった。それから倉見憂威。クラウスという名前の、僕と一緒に行動をしていた男だ。
アケの方は知らないが、クラウスは前世の記憶はない。最初に会ったとき、僕が思わずクラウスと呼んで呼び止めたが、人違いだよ、と笑われたのだ。だから、確かに記憶はないはずだ。
倉見先輩は記憶がないはずなのに、何故か若い体育教師である十影徹(とかげとおる)によく懐いている。十影先生の前世も、僕らと行動をともにしていた男、トゥールだ。彼には前世の記憶があるらしく、僕や倉見を見た瞬間に、泣き出しそうな顔をしていた。僕はまだしも、倉見に記憶はない。それを知ると、十影先生は寂しそうに笑っていたっけ。
「君は。なんか。知ってるんじゃないッスか?」
「さあね。僕には関係ないでしょ」
「そんな……なあ、教えて下さいよ、ボクは、なんなのか……」
僕が彼を無視してその横を通り過ぎようとしたら、喉元を軽く掴まれた。殺気は感じない。それでも、教えない気ならこうする、とでも言いたいのだろう。
どうせ彼はただの学生。もうあの頃みたいに命を奪う勇気なんてないに決まっている。それに僕だってもう何度も死ねない。だから首を掴む掌がどれだけ意味をなさないか、よくわかる。
呆れたように肩をす竦めつつ、僕は先輩を睨みつけた。
「脅しのつもり? そんなことしたって、教える気はないよ。知らなくていいことだってあるんだ」
「その言い方。何か知ってるんスね」
「聞いても君には理解できない。君が僕のこと殺したいほど恨んでるなら尚更、話すべきじゃないよ。僕はニックのこと──」
はっとして口を噤んだが、かつての名前で呼んでしまったのは、もう取り返しがつかない。先輩は真剣な眼差しで僕を見つめ続けている。ただ、知りたい。それだけなのだと。
先輩は。ニックは、前世の記憶はないようだが、クラウスみたいに完全になくしているわけではないらしい。僕のことを殺そうとしたのが何よりの証拠だ。掠れた記憶の断片で、かつての知り合いを見るたびに、小さな違和感を覚える。喉につっかえた魚の骨みたいに、異物感を残すそれら。アケやマリアナや、クラウスに僕。彼らをどんな気持ちで見ているだろうか。
仕方ない。僕は首元に触れていた先輩の腕を振り払って、静かに語った。
「かつて、僕らは仲間だった。だけど、僕がそれを裏切って、君の仲間たちを殺した。僕を許せない君……先輩は、この世界で僕と出会ってしまって、かつての恨みとか殺意だけ残ってしまったから、だから僕を殺したくて仕方がないんじゃないかな」
「仲間。仲間……だった。裏切られた。……そう。か」
先輩は、言葉を噛み砕いて、それからやけにスッキリしたような顔で微笑んだ。なんでそんな顔をするのかわからなくて、思わず僕は警戒する。
「土屋仁(つちやじん)。ボクと。友達になってくれないスか」
「いや、この流れでその台詞はおかしいって」
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学パロつぎば、やってみたかったんですよね。続きがあるかもしれないし、ありますよ当然。