複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.43 )
- 日時: 2021/07/24 22:34
- 名前: ヨモツカミ (ID: WrJpXEdQ)
「アタシ、ただ愛してほしかっただけなの。誰か。誰でもいいの。愛してほしかっただけなの。ねえ、アタシはそんなにおかしい子だったかしら。そんなに駄目な子だったかしら。ねえ……アタシ、親の道具なんかじゃないのよ。アタシはアタシだわ。……ねえ、どうして?」
子供の頃の自分が、そこでずっと泣いているのだ。どんなに歳を重ねても、幼い少女が、泣きながらこちらを見ているのだ。
「どうして誰にも愛してもらえないのかしらね?」
渇望した。手を伸ばした。声を枯らして叫んだ。それでもずっと、少女は満たされない。
理由はわからない。何がいけないのだろう。どうすればよかったのだろう。
最初から、それを求める権利など、なかったのだろうか。ならば、なんのために産まれたのだろう。なんのために生きているのだろう。
今日もまた、少女が泣いている。
【番外編】No.13 きっと哀してオートマタ
名医の父親の元、お前も医者になれと言われて育った。勉強は何でもできた。わからないことのほうが少なかった。弟は自分よりも劣っていて、でも彼はお父さんと同じ医者になるんだ、って頑張っていた。
彼女はなんでもできるから、何にでもなれるのだと、希望を持って生きていた。父親の仕事にも多少興味はあったが、本当に医者を目指すかどうかは、自分で決めること。だから、本当は医者なんてどうでも良かった。
そうして成長するうちに、彼女が興味を持ったのはバーコードの研究。7歳のときのことだ。少し遠くの街に、家族で出かけた。観光地ということもあり、ヒトも多く、双子の弟と共に親とはぐれてしまった。
「うう、メル。ボクたちこのままおかーさんにあえないのかなあ……」
「バカなこと言わないでよ、ライ。二人だってアタシたちのことさがしてるはずだし、どうせそのうち見つかるわよ」
双子なのに、どうしてこうも違うのか。生まれた順番が違った程度なのに、弟のラインハイトは全力で弟ぶるから、姉であるメルフラルも、自分がしっかりせねば、と強がらなければならなかった。メルフラルも、所詮は7歳の子供だ。親と知らない街ではぐれれば、当然不安である。なのに、隣にいる片割れはグズグズと泣いてばかりで頼りにならない。自然と、メルフラルは冷静に振る舞うことができた。というか、そのようにしなければならない状況を、ラインハイトが作っていた。
どうせ見つかる。流石に親が子を置いて帰ってしまうなんてことはありえないため、最終的には会えるとメルフラルは確信していた。でも、どのくらいの間、こうして泣きじゃくるラインハイトと二人でウロウロしていることになるのだろう。暗くなってきたら。お腹が空いたら。その瞬間まで見つけてもらえなかったら、どうすればいい。メルフラルだって不安なのに、ラインハイトは泣けばどうにかなるとでも思っているのだろうか。なるわけがない。段々、ラインハイトの泣き声を聞いているのも腹が立ちはじめてきた。
「こんにちは。何かお困りですか。見たところ、おふたりは迷子ではないかと推測したのですが。ご両親が何処にいるか、お分かりになりますか?」
突然声をかけられて、メルフラルは肩を跳ねさせる。その人物は、栗色のボブヘアに、形のいい瑠璃色の瞳のヒトで、一瞬女性かとも思ったが、多分男性……。身長もそれほど高くないし、顔立ちが中性的なので、判断がつかない。
助けてくれるつもりなのだろうか。あまりにも表情が無いし、声にも抑揚が無くて、何を考えているのかがわからない。不審者だろうか。メルフラルは訝しむように、じっと彼を観察する。
「差し支えなければ、僕があなたがたのご両親の居場所を特定しましょうか?」
変わった言い回しではあるものの、メルフラル達の親探しの協力に名乗り出た、という解釈で良いのだろう。しかし、その目的はなんなのか。メルフラルはラインハイトの手をしっかり握って、警戒しながら彼に話しかける。
「あなたはナニモノ? それに、なんのもくてきでアタシたちをたすけるのよ」
「申し遅れました。僕はヴィトロ。カイヤナイト──なのですが、そういった組織をご存知でしょうか。バーコード殲滅特殊部隊、通称ハイアリンク。に、所属するバーコードを、カイヤナイトと呼びます。ただいま班長に待機命令を出されており、この場に留まり続けること12分28秒が経過したところです。それから、あなたがたが迷子であった場合、僕があなたがたを助ける目的や理由についてですが、カイヤナイトの役目は、ヒトの力になることだと教わったため、何かお役に立てないかとお声をかけさせていただきました。……現時点で他に質問は御座いますか?」
「メル……このヒトなんかヘンだよ」
「ヘンだけど、フシンシャっぽくはないわ」
ラインハイトが不安げにメルフラルの後ろに隠れる。機械みたいなヒトで、非常に怪しいが、善意で声をかけてくれたのは間違いない。それに、カイヤナイトというものについて、メルフラルは知っていた。実際に力になりたくて話しかけてくれたのだろう。
両親の特徴や、最後に両親と別れた場所を聞かれたため、ヴィトロに詳しく話をした。どういう理論でその場所を導き出したのかは不明だが、実際にそこへ向かうと、本当にメルフラル達の親がいた。
泣きつくラインハイトの姿と、安心した顔の両親を見て、メルフラルはぽかんとする。
ヴィトロという男に、お礼を言いに行きたかった。でも、親に無理を言って、彼が先程いた場所まで戻っても、もうそこにヴィトロはいなかった。
その頃から、メルフラルはバーコードというものに興味を持ち始めた。しかし、父親の仕事への関心を捨てて、バーコードについて勉強し始めたメルフラルのことを、両親はよく思わなかった。
「なによ、何に興味を持つかなんて、アタシの自由でしょう?」
「ライはしっかり医学の勉強をしているのに、お前はそんな下らないことばかり……! メル、お前は頭の良い子なんだ。俺よりも優秀な医者になれる」
「知らないわよ! アタシは医者になんかならないわ!」
そう発言した途端、拳が飛んできた。頬を殴られて、怒鳴り散らす父親と、止めようとする母親の姿。それから、部屋の隅で怯えているラインハイトがいて。
その日から、メルフラルの家での居場所がなくなった。家族とはほとんど口を聞かなかったし、父親からは虐待を受けるようになった。母親は父親の言いなりで、見てみないふり。ラインハイトも、心配する素振りは見せるものの、父親が怖くて関わってこなかった。
家族が皆、メルフラルのことを大切になど思ってなかったのだと。漠然と気付き始めた。
愛されていない。最初からそうだったのだろう。父親は、メルフラルを自分の思い通りの仕事に就かせたかったのだ。親の道具だった。だから、幼い頃は頭の良いメルフラルを可愛がっていたのだろうが、思い通りの子供にならなかったから。だから、愛想をつかしたのだ。
口を利かないメルフラルの横で、思い通りの子供として努力するラインハイトは、両親に可愛がられていた。どうして。どうしてラインハイトだけ愛されて、自分は愛されないのだろう。
──寂しい。
十五歳になった頃、メルフラルはバーコード施設でのアルバイトを始めた。住み込みで働いたので、もう家に帰る必要がない、ということが何よりも嬉しかった。
賢いメルフラルは仕事を覚えるのも速く、独学で蓄えた知識もあって、十六になった頃、正式に研究員として働かないか、と話を持ちかけられた。当然、メルフラルは元気よく承諾する。職場では、若い天才が現れたと、軽く話題になる程。メルフラルの才能を、誰もが認めた。
そうして、上司にヴィトロというカイヤナイトの話をすると、直ぐに会わせてもらえた。
「過去の記録にある姿から九年経過した場合、今の容姿と一致します。あなたはいつか、街で迷子になっていた双子の少女ですよね。ご無沙汰しております」
「ヴィトロは……全く姿が変わってないみたいね? アタシより小さくなっちゃったわ」
研究員の話によると、ヴィトロは翡翠バーコードであり、〈アナライザー〉という能力を所有している。翡翠バーコードの欠陥として、〈コード〉の使用を続けると、暴走しだすらしいが、体の殆どを機械化することで、それを抑えることに成功したらしい。そのため、実年齢はもっと上だが、容姿は十六歳のまま止まっているのだとか。かなり優れた演算機能を発揮する〈コード〉であるため、カイヤナイトとして戦場に持ち出されたり、研究員として施設で使われたり、と。特別な扱いを受けているそうだ。
ヴィトロが七歳のメルフラル達を救ったのも、カイヤナイトとして街の警備に同行していたとき、偶々視界に入った幼い双子を迷子だと判断し、〈アナライザー〉を使用して、両親を見つけてくれたのだ。
「あのときのお礼が言いたくて、ずっと会いたかったのよ、ヴィトロ」
「……まさか、あのときの感謝を伝えるためだけに研究員を目指したのですか?」
「んー、まあ。半分正解かしら。バーコードの研究員になりたいって思ったキッカケはあなただもの」
そう笑いかけると、ヴィトロは口を半開きにして固まった。どうしたのだろう、と見つめていると、彼は視線を逸して早口で話し出す。
「……心拍数と体温が上昇しております。特に問題はありませんが、思考に大きな乱れが生じ、仕事に支障をきたす原因になると考えられます、が、えーと、どうすれば……」
「おいおいメルフラルちゃん、あんまヴィトロをバグらせないでやってくれよ」
バグ? 何か問題のある発言をしただろうか、とメルフラルは少し考え込む。
「あーそうだ。ほぼ暴走の原因は取り除いたはずだから、ヴィトロは安全、と言いたいところだが、ほら、翡翠バーコードだから。一応ヴィトロの管理係が必要で、俺がその役をやってたんだけど……メルフラルちゃん、よかったら引き受けてくれるかい?」
研究員にそう言われて、メルフラルは目を瞬かせた。
「そんな、新人のアタシが……ですか?」
「暴走の可能性がゼロじゃないって言われてるから、危険な役回りではあるけどな。そいつ結構便利だぜ。メルフラルちゃんは仕事できるし、ヴィトロを使いこなせれば鬼に金棒だろうよ。引き受けてくれる?」
「……わかりました」
そうして、メルフラルの研究員としての生活が始まった。
メルフラルは元々ヒトとのコミュニケーションを取るのが極端に苦手であったが、ヴィトロが効率的なコミュニケーション方法を教えてくてることもあった。
「例えば多くの人間が目を見て挨拶をされたとき、相手に対する好感度が上昇する傾向にあります。それから若い女性の微笑が相手にもたらす心理的影響というのは、一般的に…………つまり、メルがヒトに好印象を与えるための立ち回りというのは、若さを利用したフレッシュな声掛け、そして表情筋のこまめな利用、時には心にも無い賛辞を送り、相手の機嫌を取るのも効果的ですね。ここでワンポイントアドバイス…………」
小難しい言い回しをされるのは慣れてきたが、聞いていて飽きる。ヴィトロの説明を聞いているようで聞いていないメルフラルは、大きく嘆息して、彼の話を遮った。
「一般論ねえ……それより、アナタがどう思ってるかが聞きたいわ」
「僕……? そうですね、メルの髪はとても目を惹きます。腰まである髪が風になびく姿は、美しいと感じます」
目を丸くする。髪。なんとなく伸ばしてきた、双子と同じ色に嫌気がさして、毛先に強いバイオレットを入れた、こんな髪。
ヴィトロはそれを何の表情もなしに口にした。そこにどんな感情があったのか、お世辞、社交辞令。素直な感想。ほとんど機械と変わらない男と話しているのに、そこに生じる何かに自分の思考を揺さぶられる感覚。やはり、コミュニケーションというものは苦手だな、と再認識させられる。
「ふふっ……ありがとう」
微笑みと感謝の言葉。それを並べると相手から得られる好感度が、どうたら。ヴィトロの言葉に習って一つ、やってみれば。
いえ、と小さな相槌と共に逸らされる視線。ほんのり染まった頬。なるほど、と思う。愛嬌、というものを振りまく。この行動に対する相手からの答え。誰にでも同じようにしていれば、正答を得られるのだろう。
少しだって生じた喜び。ヴィトロが与えてくれる小さな幸福を、メルフラルは強く求めた。
ヴィトロがいればそれでいいなんて。そう思ってしまった。