複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode -アナザーバーコード- ( No.9 )
- 日時: 2020/12/07 15:44
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
【番外編】No.03 願わくば相対
辺りを木々に囲まれているお陰か、日が落ちたせいか、日中の蒸し暑さは殆ど感じない。木の葉を揺らし吹き付ける風は、心地良く深緑色の鱗に覆われた肌を撫で、彼の隣にいる少年の曇天色の髪を弄ぶ。
トゥールとクラウスは、人目を避けるために、森の中を歩いていた。
トゥールがジンに出会う5年ほど前。つまり、トゥール19歳、クラウス13歳くらいの頃の話。当時はトゥールとクラウスも出会ってから1年程度の付き合いなので、距離感を掴みあぐねていた。
と、思っていたのは、トゥールだけのようだった。
「ねーねーねーねー! トゥールトゥールトゥール! とぅるとぅるとぅるとぅるとぅる!」
「うるさい、1度呼ばれれば分かる」
やたらテンションが高くて、一々疲れる。彼なりに、辛いことから目を背けるために明るく振る舞っているだけなのかも知れないが、喧しいのはウザくて敵わない。
トゥールは不快感を隠そうともせず、まだ幼さの残るクラウスの顔を睨みつけた。睨まれれば多少肩を竦ませていたのは最初の頃だけで、今では寧ろ楽しそうにしている。それが余計にトゥールの神経を逆撫でるが、怒るのに使う体力が無駄である事には、そろそろ気付いていた。
「とぅるとぅるー」
「だから、さっきから何だ。要件を言え」
今日は一段とクラウスのテンションが高くて面倒臭い。何かいい事でもあっただろうかとトゥールは昼間の事を思い返してみるが、向かってきた紅蓮バーコードを返り討ちにしたこと以外には特に何もしていない。
「空見ろよ、星が綺麗だ!」
言われて空を見れば、確かに深い青の空に散らばる数多の光が確認できる。日が沈みきったばかりの空はまだ、漆黒とは程遠いが、時期に闇色に変わっていくのだろう。トゥールは視力があまり良くないため、普通の人間よりはぼやけて見えているわけだが、それでも十分なくらいには星は輝いていた。
だが、それだけだ。
「……は? それがどうした」
「晴れてよかったなー。トゥール、今日なんの日か知らねーの?」
クラウスに日付の感覚がある事に驚きを隠せずに、トゥールは目を見張った。そもそも今日は何日か、トゥールは把握していない。
こんなアホにすら日付の感覚があるというのに、俺は。トゥールは内心打ちのめされつつも、素直に横に首を振る。そうすると、クラウスは得意げに鼻を鳴らして、じゃあ教えてやろうじゃないかぁ、と上から目線で言う。ムカつく。
「ショトラール祭、だよ。星に願いを叶えてもらえるんだ。朝起きた時に願いを決めて、時間になったら星に願いを捧げてな、それまではヒトに教えちゃ駄目! けど、願ったあとは喋ってもいいよーっていうやーつ!」
「……ああ」
トゥールも幼い頃、そういうものの存在を耳にしたことがあった。
確か、星座のどれかとどれかがなんとか姫となんとか王子で、その2つの星が年に1度、空が晴れれば、このシュトラール祭の日に出会うことができるとかなんとか。それがどうして、星に祈りを捧げると願いが叶う、というものになったのかはよく分からないし、勿論迷信であるから、下らない、とトゥールは思う。子供のお遊びみたいなものだ。トゥールも一時は信じていたこともあった気はするが、幼い頃、兄にサラリと否定されてしまったのを思い出して、懐かしむように目を細めた。
しかし、14歳のクラウスが何故そんなものを。
そういえば、先日もおかしな発言をしていた。カタツムリの角から“幸せビーム”という名の、幸福になれる謎の光線が出るのだとか。それを真面目な顔で説明されたときにはどうしようかと思ったが、余りにも真剣な目でそれを言うため、否定もしきれず、トゥールは共にカタツムリの恩恵を受けたのだ。
否定することは簡単だったが、母親から教えられたのだと、クラウスがあまりに嬉しそうに話をするので、トゥールは何も言い出せなくなってしまったのだ。それが嘘であると教えたとき、彼がどんな顔をするかと想像すると、何故か胸が痛む。しかし、14歳だろう。この年齢でそれでいいのか、と時折疑問に思うが、自分は断じてクラウスの教育係では無い。いつか、自分で理解するだろうと、適当に話を合わせる事にしたのだ。(残念ながら本編進行時もクラウスの頭はこのままだったけど)
「トゥールは願い事決まってるか?」
「いや。俺は別に……」
「お星様は優しい今から決めてもいけるいける!」
にっこり笑って、親指を突き立てながら、クラウスが得意げに言う。お前に星の何がわかる、とは言わないでおいた。クラウスの中では、星は心が寛大なようだ。
「で、いつになったら願えばいいんだ? 確か、時間が決まっていた気がするが」
トゥールが訊ねると、クラウスはキョトンとした顔のまま、硬直する。それからへらっと笑って言った。
「ボクもわかーんなーい。そもそも今何時かもわかんねーし。適当でいんじゃね? お星様は優しいからいけるいける!」
「寛大というか、随分いい加減な奴だな……」
クラウスに都合の良い解釈をされる星も、災難だな。トゥールがぼそりと言ったが、クラウスには聞こえなかったらしい。
「高いとこから願おうぜ! お星様にボクの願いを一番近いところで聞いてもらう!」
「高いところ……というと、そこの木の上とかか?」
トゥールが適当に目に付いた木を指差す。この時期に木登りをすると、虫まみれになりそうで、それはできれば避けたいトゥールは嫌そうな顔をするが、クラウスはトゥールとは真逆の方向を指差して言う。
「え? お前目ぇ付いてんのかよ、こっちに崖があるだろ?」
多少腹の立つ事を言われた気がしたが、怒る事に使う体力が無駄である。無駄である。そう、無駄なのだ。言っても治らないだろうし。だから我慢しろ、トゥール。そう、言い聞かせて、クラウスの指差した断崖絶壁を見上げる。多少斜面になっているのかと思えばそんな事はない。ほぼ垂直。完全に壁だ。しかも、視力の悪いトゥールには、頂上がよく見えないほど高い。
自分の運動能力にはかなりの自信があった。それにトゥールは爬虫類だ。ヤモリという、壁を登るのに特化した爬虫類もいる。実はトゥールの指先には、ヤモリのように細かい凹凸があるから、スイスイと登ることができるだろう。
だがここで問題になってくるのは、クラウスだ。バーコードだから身体能力は多少高いかもしれないが、それでも透明になれるという、かくれんぼに役に立つ程度の〈能力〉を持っているだけの14歳の子供なのだ。
「俺は多分行けるが……クラウスはこんな暗い中、登れるのか?」
「ボク、トゥールに掴まってるからがんば、」
「あぁ? 嫌に決まっているだろが」
「ケチー!」
やはり崖を登るだの、木を登るだの、現実的でない。そもそも、少し高いところで願おうが、地の底で願おうが、星は心が寛大だから聞き届けてくれるだろう。トゥールにそう言われると、クラウスは確かに! と、すんなりと納得した。
「んじゃ、お願いすっぞ!」
クラウスが一礼し、パチ、パチ、と2回拍手する。トゥールはまともにシュトラール祭を祝ったことはないが、そんなことをする必要がある、という話は聞いたことがない。明らかに何か違う儀式の知識と混ざっているらしいが、まあ、どうでもいいだろう、とトゥールも一礼二拍手をする。
数10秒の沈黙。姿は見えないが、その辺の草むらに潜んでいる虫の高い声が、辺りを包んでいた。
しばらくすると、クラウスがふう、と息を吐いて、空をぼんやりと見上げながら口を開く。
「トゥールはなにを願ったの?」
トゥールは口ごもりながらも、答える。
「別に。上手く死ねますように……とか、そんなことだ」
それを聞くと、クラウスは少し困ったようにトゥールの顔を見上げた。その視線に居心地の悪さを覚えて、トゥールは話を逸らそうとする。
「お前は何を願ったんだ?」
「……お母さんに。会いたいって、思ったんだ」
寂しそうに言って、直ぐに笑う。無理やり作られた、不格好な笑顔が、やけに痛々しくトゥールの目に焼き付いた。
「でも、お母さん忙しいから、だから、夢の中でいいから。お母さんと会う夢を見たいって、願った」
忙しいから。そんな言葉で誤魔化しても仕方がないのに。
クラウスは掌を握り締めて、作り笑顔で言った。
「叶うかな……?」
「俺が知るか」
咄嗟にそう返してしまったが、クラウスが泣きそうな顔をしたため、慌てて言葉を探す。
「あー……いや。会えると、いいな」
同情している自分がいることに、トゥールは嫌悪感を抱いた。さっきまで垢抜けに明るく笑っていたくせに、今は寂しそうに笑って。クラウスは同情を誘うのが上手いのだろうな、と思った。気にかける必要など無いのに、どうして気にしてしまうのか。
願わくば会いたい。そんな彼の願いが、叶えばいいのに、とトゥールは思う。
空を見上げながら、クラウスが控えめな声でうん、と返した。
いつの間にか漆黒に染まった夜空の中、数多の星が瞬いていた。
***
子クラウスの七夕ネタが前から書きたかったので。今より若干冷たいトゥールと、変わらずアホなクラウスでした。ちなみにこの頃のクラウスは身長155センチくらいしかないと思うので、身長差エグいなーって思ってました。トゥールは189です。
てかまだ登場人物のプロフィールとか載せてなかったですね、書き終えたら載せますね。
前々から書きたかったので、メモ帳に「シュトラール祭」て書いてあるのそのまま使ったけど、どういう意味なのかなって調べたら、どっかの国の言葉で「光」でした。