複雑・ファジー小説
- Re: スペサンを殺せ ( No.4 )
- 日時: 2018/03/28 12:12
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 9UBkiEuR)
—4—
【A】は自室のベッドに腰をかけていた。
いつもはしゃんと伸びている背中をめずらしく丸めていた。英雄たらしめる精悍な顔つきで、赤いカーペットを眺めている。
【A】は考えていた。
【3】が死んでから数日が経った。英雄たる者、他人の命に手をかけることもある。それこそ断罪を担うことがある。それなのに、【3】と対面してからなにかが脳裏をつかんで離さないのだ。
「坊ちゃま。朝食をお持ちしました」
真白のコーティングに金細工がなされた扉から、メイドの姿をした女性が入ってきた。
カーペットによって音を相殺された銀のワゴンは、つつましやかに【A】の前で歩みを止めた。
「すまない。今朝は気分が悪いんだ……。下げてくれるか?」
「あら。それは大変ですわ。主治医様をお呼びして参ります」
「いやいい。大丈夫だ。下がっていいぞ」
「そうですか……」
「……?」
すこし寂しげな物言いに、【A】はすぐさま返した。
「なにか話すことでもあったのか?」
「えっ。あ、その……」
「君はおしゃべり好きだからね。いいよ、話してごらん」
「坊ちゃま……!」
沈んだ表情から一転。メイドは瞳をキラキラと輝かせて、【A】の端正な顔立ちを見上げた。
「実は、坊ちゃまの従妹様であられる【9】お嬢様が、お子様を身籠ったとのお話を聞いたのです!」
「……。ああ、【9】嬢が? それはめでたいな。近々伺おう」
「ええ。ぜひそうなさってください。……次にお産まれになるということは、番号は……」
「……」
「坊ちゃま?」
「ああ、すまない。なんでもないよ」
この国の人口は、100人にも満たない。
国王陛下ならびに王族の人数は10人前後であり、それ以外はメイドや執事のような宮殿で働く人間と、城下町で暮らす人間とに分かれている。
召使い同士の恋愛は禁止されているため、それを除いた上でかつ老若男女の混在する人口の中で、『子どもを産む可能性を持っている』という枠に当てはまる女性は極めて少ないのだ。
そうなると、城下町に出て町を巡回することもある【A】はだれがどこで子を身籠っただの、出産しただのという話をよく耳にするのだ。
もちろん国民の誕生は喜ばしいことである。国民が増えれば、国が栄えるのだから。
加えて。
『王族』に関しては、各人ひとつずつしか席が用意されていない。
【2】も、【A】も、【K】も、【Q】も、【J】も、それから【Joker】も。
王族になるためには、それ以前の王族が死んでいなければならない。
そしてそれと同様に、
【3】もまた、この国でただ一人にしか許されていない称号なのだ。
「……」
「坊ちゃま、お顔が優れませんわ……。やはり私、主治医様を……」
「……心配するな。すこし、部屋を空ける」
【3】が死んだ。
この国でただ一人の器が壊された今、その席を空けんと運命が働くにちがいなかった。
(次に、生まれてくるのか……【3】が)
紙面を眺めながら、ぼうっとそんなことを考えていた。
自室を空け、その足で宮殿内の図書館にやってきた【A】は宮殿の中でしか見られないような大きな長机の一角で本を読んでいた。
しかし本の内容は一切頭の中に入ってきていない。
『きみを殺せないんだ。……エース』
ふいに、広げた紙面に影が差した。
「よう、エース。さっきからページをめくる手が止まってるぜ?」
「……兄さん」
「おいおいやめてくれよ、血も繋がってねぇのに。家族ごっこする年齢でもねぇだろ?」
「……」
【A】の背後に立っていた男は、そう皮肉げに笑みをこぼした。
すこし長めで、遊ぶような髪質の銀髪の男——【2】は、【A】が広げていた本を勝手に取り上げる。
「ふぅ〜ん。なにこれ、言語学ぅ? ハッ。お勉強なんかなにが楽しいんだっつぅの」
「僕には必要なんだ」
「……へぇ〜」
半ば【A】の話を聞いていない素振りで、【2】はジャラジャラと指という指にほどこした金装飾を揺らしながら本のページを適当にめくっていた。
「英雄様ってなぁ大変だよなぁ? 国内のことで忙しい王様のために、国外とのことも戦争で軍率いて戦うのも、てめぇの役割だもんな。こりゃいつくたばってもおかしくねぇや!」
「……」
「オレぁまっぴら御免だね。『兄さん』のほうがよっぽどラクだぜ」
ジャラ、と金のこすれる音がする。すると目の前に分厚い本が落ちてきた。テーブルの表面にぶつかった勢いで本は端のほうのページを開かされ、ゆっくりと、重力に負けて閉じていく。
「そういや、【3】がくたばったんだってな?」
本に伸ばしかけた指を、ぴくりと震わせた。
「おまえもせーせーしただろ! それに国王が手にかけたんだってな。よかったじゃねぇか、これであと十年、いや二十年は寿命が延びたぜ」
「……兄さん」
「あ?」
「何の話だ? 僕はなにも罪を犯していない」
「……」
「貴方が、僕のなにを知っている?」
愉快に曲げられていた口の端が、縮んでいく。
王と自分以外の人間は知らない——本当は自分が女であることを。
殺された【3】を除いて。
【A】は、白銀の瞳で【2】を鋭く睨んだ。
「……。もしもの話だよ。そうカッカすんなって」
「……」
「……チッ。食えねぇ弟だぜ」
家族ごっこはやめてくれと言っていたくせに。おそらく皮肉だろうが、【A】は遠ざかる兄の背中を追いはしなかった。
ふたたび本を手に取ると、【A】はその表紙を眺めたまま、突然静止した。
「……」
言語学のすすめ。
そういえば、あの男の言葉には少々不自然なものがあった。
『四つほど、会話をしないか……』
会話を、四つと表現していたのだ。四回、もしくはしばらく、などとは言わずに。
四つ。
【A】は今一度思い返してみた。
『一度しか言わないから』
それはまるで、「一度しか言わないから、」——覚えてくれ。そうとも聞こえる。
「……」
【A】はジャケットの内ポケットに片手を突っこんだ。小さな手帳とペンを取り出す。
手帳のなにも書かれていない白いページを破って、漆色のペンを手に取った。
(一つめは……)
数日前の景色が、脳裏によみがえる。
『一つ。私が何者か、わかるかい』
「……」
【3】だ。あの日の自分はそう答えた。
白い紙に『【3】』と記述した。
『二つ。午前、母に陽を浴びせられた者は、私欲から目を覚まさねばならない……、君のように』
「袋のネズミ……」
『三つ。『theaory』……この中で不要なものはなんだと思う』
「……『a』」
『最後に、もうひとつ質問をしたい』
『王の操り人形にはなっていないか』
「……」
『【3】』、『袋のネズミ』、『a』……——いったいなにを示すのか、まったくわからなかった。
そもそも四つの項目にまったく関連性がないのだ。すべてが質問だったわけでもない。
(思い過ごしか……)
彼の言葉になにかメッセージでも込められているのかと思っていた。どうやらそれは思い過ごしだったらしい。
【A】は文字の書かれた白い紙をくしゃくしゃに丸めた。
『初めが肝心だ』
ふいに脳裏をよぎった。
『初めが肝心だ……だった、殺しもゲームもなにもかも……』
『初めが肝心?』
「初めが……肝心」
【A】はしわくちゃに丸めた紙を広げた。
【3】、袋のネズミ、a、——ちがう。おそらく、これではない。
彼女は、もう一度彼の声を思い出した。
『一つ。私が何者か、わかるかい』
「『私』……」
『二つ。午前、母に陽を浴びせられた者は、私欲から目を覚まさねばならない……、君のように』
「『午前』……」
『三つ。『theaory』……この中で不要なものはなんだと思う』
「……これは、『the』、か?」
『最後に、もうひとつ質問をしたい』
『王の操り人形にはなっていないか』
「……『王』……」
『四つほど会話をしないか』——四つ、というのは回数ではなく、
数。
言葉を『数』と捉えろ。
四つの言葉を抜き出し、並べろという、——彼からのメッセージだ。
「『I am the King.』……」
【A】は、折り目とインクだらけの薄汚い紙を、今度は強く握りしめた。