複雑・ファジー小説

Re: スペサンを殺せ ( No.6 )
日時: 2018/03/28 12:52
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 9UBkiEuR)

 
  —6—(最終)


 切っ先を向ける——しかし、ルールに正直な身体が、カタカタとその剣身を震わせていた。

 「私を殺めることなどできませんよ、英雄様」
 「質問に答えろ」

 その手では掻っ切ることができないと知っていながら、【A】は、【Joker】の首筋から刃をおろすことをしなかった。
 奇妙な仮面の男は、ふぅと息を吐いた。

 「さようでございます。……いまの国王陛下は、【K】ではありません。どこからたどり着いてしまわれたのかはわかりかねますが、さすが聡明な英雄様。まさか見破られてしまうとは思いませんでした、ええ。さすがです。しかし」
 「……」
 「それを知ったところで、あなたにはどうすることもできませんよ」
 「……そうだろうな」

 黙っていた【A】は、口を開いた。

 「国王陛下の本当の番号こそ、【3】だろうからな」
 「……よくおわかりで」
 「これで宮殿には、僕を殺せる人材が3人もいるわけだ。【Joker】に、【2】に、【3】……。悪知恵を働くなと言ったな。働けば、【3】に殺されると」
 「ええ」
 「……それで、秘密に気づいた僕を、どうするつもりだ?」
 「——いままで通り、"英雄"として、この国で生きてもらいます」

 【Joker】は刃を突きつけられていてもなお奇妙な笑みで、そう返した。

 「そのほうが平和な国でいられるとは思いませんか?」
 「……」
 「あなたほどの人材を失いたくないのです。ご理解ください」

 【A】はそっと、剣を下ろしテーブルの上に置いた。【Joker】は息まじりに脚を組む。

 「それに、あなたも死んでしまっては困るでしょう」
 「……」
 「あなたのお腹の中にいるお子様のためにも」

 【A】は無意識に下腹部を手で覆った。目を伏せるだけで、それ以上はお互いに口を挟むようなことをしなかった。

 「さて。エース様。起きてからなにも口にされていないでしょう。天然の水をお持ちしました。どうぞお飲みになってください」
 「……」

 グラスには透明な水が注がれていた。からり、と音を立てて氷が崩れる。
 【A】はしばらくグラスを見つめていたが、やがて、

 「必要ない。毒でも入っていそうだ」
 「……。そんなことはありませんよ、エース様」
 「……」
 「仕方がない御方ですね」

 【Joker】は笑みを浮かべたまま、やれやれといったようにグラスの中の水をすこし、口に含んだ。

 「ほら、なにも入っていませんよ」
 「……」
 「安心してお飲みくだ」

 そのときだった。

 「…………が……ぁ、ッ」
 「……」
 「え、ーす……さま……こ、これ……は……」
 「僕をなんだと思っている」

 【Joker】は突然、白い手袋をした手で首をおさえた。相も変わらず笑みを浮かべているのに、その仮面の裏では汗でも湧いているのではないかと思うほど、全身が震えていた。

 「英雄でも、操り人形でも、ましてや【A】でもない」
 「……あ、あ……っ、……」
 「私は娘だ」

 ベッドから起き上がる。テーブルに置かれた剣と、壁に寄りかかっている鞘とを掴みとり、窓の戸に手をかけた。

 「ほかのだれでもない。父上と母上の、娘だ」

 強く戸を引いた。彼女は窓から飛び出していく。遠くのほうで、ぐしゃりと、草木を踏みつける音がした。
 そのとき。部屋のドアを開く音が、閑静な空間にギィと響いた。

 「おーい【Joker】、いるかぁ……——、って、お、おいっ! ど、どうしたんだよ【Joker】!?」
 「え、エースを……【A】を、お、追い……な、さ……」
 「は? え、エース?」
 「あの……あの、女は……国王、陛下を……」
 「……」
 「陛下を……殺しに、」

 首が、ころんと倒れた。笑みを湛えたまま彼は息絶えた。
 【Joker】の亡骸を抱える【2】の表情が、だんだんと驚愕に変わっていく。

 「は……? なんだよ、それ……おい【Joker】! どうしたってんだよ! おい!」
 「……」
 「全部バレちまったっていうのか……!? オレたちの計画が! あの女を利用し続ける計画が! なんだっつうんだよ! どうしろっつうんだよ! おい、おいッ!!」


 力任せにドアを蹴破って、【2】は駆けだした。静まり返る、ただ広いだけの廊下に、怒号と足音が響き渡る。



 「おい! だれか聞こえるかッ! 返事をしろ! 謀反だ……【A】が謀反を起こすぞ!! 国王陛下をお守りしろ!! オレがあいつを殺してやる!! だから陛下を守れ!! ——だれか、返事をしろッ!!」





 バルコニーの柵にしわがれた手をついて、彼は地上で溢れかえる国民に手を振っていた。
 敬愛に満ちたまなざしを浴びる彼の目には、矢尻など、見えるはずもなかった。
 屋根の上から、彼女は矢を引き絞った。


 「父上」


 凛とした銀の瞳だった。
 敬愛に焦がれた眼差しで、彼女は矢羽から手を離した。
 
 
 
 
 
                       END