複雑・ファジー小説
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方 ( No.4 )
- 日時: 2018/12/20 12:41
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: 0W9rRz2p)
轢死(れきし)トハ、車両等ノ移動装置ノ通行ニ巻キ込マレ死スル事デアル。此レラノ状況ニヨル死因ノ多クハ圧搾デアルガ、車輪ノ種類ニヨッテハ切断サレル事モアル。又、鐡道職員ノ間デ轢死体ハ『まぐろ』、飛散シタ肉片ノ事ヲ『みんち』ト呼ブ事モアルト云フ。
#壱ノ壱
性欲に絆されない凌辱は、心を快楽殺人しているのと等しい。
例えば半笑いで制服どころか下着まですべて脱がされ、あられもない醜態をインターネット上に配信される等だ。こっちが殴られようが蹴られようが、どれだけの痣が出来ても血が溢れても犯行側に痛みは通じるべくも無い。
遊び半分の悪意はこの世の何よりも性質が悪い。罪悪感ですら責め立てられないからだ。
そうして僕は今日も。殴られ。蹴られ。男子便所の床を転がり。嘲り笑われて。死にかけのミミズみたいだと吐きかけられて。便器に顔面をぶち込まれて。自慰を強要されて。それを撮られて。消してくださいと懇願したら、全裸で土下座する頭を踏みにじられた。しかも要望は聞き入れられなかった。次も金銭を提供する命令だけ告げられた。
生きる事は地獄だ。死んでからもきっと地獄だ。もしくは無だ。
だったら最初から生まれて来なければよかったのに。
生田目偲(ナマタメシノブ)は僕の名前だ。小さい頃から自分の名前が好きになれない。ナメクジみたいな響きだと思っているからだ。
生き方もナメクジみたいなもので、幼稚園も小学校も中学校もイジメの標的にされるのは通例だった。
義務教育という制度の中では、いったんイジメの標的にされると、そこから抜け出す事は不可能に近い。同じ学年の見知った顔に対する扱いは学年を経ても引き継がれ、それが僕の事を知らない人にも伝播するからだ。
だから高校に行けば、少し地域が変われば、劇的に変わらずとも穏やかに過ごせるのではと甘い期待を抱いた。
悲惨だった。死んでしまった方がマシだ。尊厳なんて無かった。
サイコパスは未成年にも居る。進学先は運悪く、中学の時に僕をイジメてきた主犯と同じ高校だった。挙句同じクラスだと分かってしまえば、絶望するしか手立ては無い。
今時ネットのどこにでも転がっているイジメの体験談。
ニュースに言わせれば『悲惨』らしいが、僕は思いつく限りそれらに代表される全てを体験した。それすらも氷山の一角に過ぎない。僕の他に日本の学生で、便所のゴキブリをそのまま食わされる体験をした人はどれだけ居るのだろう。きっと公表されていないだけで、十数人くらいは居るんじゃないかな。
──そんな事を考えながら現実逃避していた。
イジメの主犯は深沢という。彼は大爆笑していた。
周りの取り巻きにはドン引きしてる連中もいる。深沢に同調して笑っている奴らもいる。けれど誰も止めようとはしない。それが日本人の習性らしいと、どこかで見た気がする。
何度もえづく。焼き魚の骨みたいな脚のかけらが気持ち悪い。食道を通った異物感が、胃袋の中でまだ生きている気がする。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。
「まあ良いじゃん! どこだっけ? 中東? どっかの国ではゴキブリだって立派な食べ物だよ! 名物だってさ! どう? 名物おいしい?」
最悪だ。最悪だ。最悪だ。眩暈がする。目が回る。最悪だ。最悪だ。気持ち悪い。最悪だ。最悪だ。最悪だ。気持ち悪い。嫌だ。最悪だ。最悪だ。不味い。最悪だ。最悪だ。最悪だ。死にたい。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ!
耐えかねて嘔吐する。半透明の黄色い汁ばかり出た。きたねぇと罵った深沢が、ひと際強い蹴りを僕に見舞う。
彼らは決して僕の顔面に暴力を振るわない。目立たないようにする為だ。そしてまた一斉に僕を嘲笑った。またスマホで僕の醜態を撮影して晒した。
法の抑止力なんて表面的なもので、身内だけでやり取りされるコミュニティまで警察はめったに介入できない。現に彼らの『生放送』は数か月間続いていた。
◆
駅のホームは今日も一面の灰色に見えた。
報復が恐ろしい。頼りない警察に駆け込んだところで僕を助けてくれるのだろうか。相手も未成年だから対応できないんじゃないだろうか。
親に心配をかけたくない。もし言ったところで余計な大事にされたくない。言っても『嫌と言えないお前が悪い』と言われたらどうしよう。小学校の時に言われたことがある。僕はあの時ハッキリと親に失望した。
死にたい。地獄よりもしんどい目に遭っている。けれど自殺する勇気すら持ち合わせていない。どこかへ逃げ出したところで、このクソみたいな人生から逃げ出せないんだろう。現にこうやって悪魔が追いかけてきたんだから。
何で、どうして、僕は生まれてきたんだろう。何でこんな奴らも僕と同じように生まれてきたんだろう。どっちか虫けらに生まれて来ればよかったのに。
死にたい。死ねない。殺してほしい。頭を銃か何かで撃ち抜いて。もしくは痛みを感じる間も無いくらい、一思いにタイヤか車輪で擂り潰して。
延々と祈った。淡々としていて、出来るだけ苦しくなくて痛みのない死を。
一思いに終わらせて欲しかった。そんな願望を抱えたまま、ふらふらとホームから線路側に、まるで吸い寄せられるようだった。足取りはそれなりに軽い。
僕に保険は掛けられているんだろうか。保険金で親は多少楽に暮らせるだろうか。そんな事を考えて、薄い雲のかかった青空を見上げながら、ふらふらと歩いていた、瞬間。
「……──いや、その体勢じゃ結構苦しいだろ。それにホームのこの位置は電車の勢いが落ちるから、出来ればもっと向こうのホームの端から飛び込んだ方が良いぞ」
若い男の涼しげな声が、聞こえた。
振り返ると細身の青年がじっと僕を見つめている。背丈も服装も目立っている訳じゃないけれど、朝の駅のホームで彼だけが異様な存在感を醸していた。
そこだけ樹海が存在しているようだ。
僕は言葉を失った。動けなくなっていた。その間に電車がやってきた。ついに飛び込めなかった。僕は黄色い点字ブロックの内側にいた。他のサラリーマンや学生と思しき人達が、僕を追い越して車内に入り込んでいく。
青年は相変わらず僕を見つめていたが、僕は視線を逸らし、他人のふりをして、何も言わず今日も重苦しい鉄の塊の中へ身体を滑らせた。