複雑・ファジー小説
- Re: 二人を分かつその時に ( No.2 )
- 日時: 2018/04/04 17:35
- 名前: 凛太 (ID: kXLxxwrM)
僅かな息苦しさの後、意識が浮上してゆく。あまりに鮮やかな茜色の空が視界に飛び込んで、思わず息を飲んだ。辺りは閑散としていた。だというのに、調子外れな明るいBGMがこだまする。決められた軌道をめぐるコーヒーカップ、淡々と回り続ける観覧車。あるべきはずの人の姿は、何処にもいない。全てが異様だった。私は恐る恐るベンチから立ち上がる。拍子に、ぎいと音が鳴った。
ここは、どこだろう。
遊園地というのはわかる。懐かしさを感じさせる、少しだけ古びた遊園地。だけど、どうして私はここにいるのだろう。学校が終わって、本屋で赤本を眺めて、それで家に帰って。その先が、どうしたって思い出せないのだ。
携帯は、と制服のポケットに手を忍ばせる。しかし中は空っぽだった。
「……嘘でしょ」
一体ここはどこなのか。手がかり一つ掴めない。誰か、スタッフを探そう。そう思い立って、私は覚束ない足取りで歩き出した。
一歩進むたびに、気怠げな空気が肌に絡みつく。辺りを見回すが、やはり人の姿が見えない。僅かな望みをかけて派手なネオンのポップコーン売り場を覗いてみるけれど、期待は宙に溶けて消えていった。
「誰か、いませんか」
上ずった声が出る。橙色の空間に、私の頼りない声は散り散りになっていった。返事の代わりに、電子ピアノのような人工めいた音楽だけが響く。
怖い。
認めてしまえば、あとはもう飲まれるばかりだ。嫌な汗が頸を伝う。
その時、遠くの方でゆらゆらと動くものが見えた。
あれは、一体なんだ。
目を凝らした瞬間、ぞわりとした寒気が背筋を走った。黒だ。目眩がするほどの朱を背にして、複数の黒い影が揺れている。かろうじて、人の形をしているように思えた。それらは、明らかにこちらへ向かってきていた。
踵を返して走り出す。あれに捕まってはいけない。何故だかわからないけど、そう感じたのだ。
腕を、足を、体を漕ぐ。私って、こんなに体力がなかったっけ。すぐに息が上がり、けれど止まることなんてできやしなかった。束の間振り返れば、黒い影たちは波のようにうねりながら私を追いかける。少しでも気が緩んだならば、あの暗闇に絡め取られるだろう。
嫌だ。
焦燥感からか、手足が思うように動かない。とにかく前へ、進むしかない。足がもつれる。上手く呼吸ができない。
あ。
束の間のしじまにかえった。全てがスローモーションのようにみえた。眼前に迫る地面。そうか、私、転んだんだ。痛みはすぐになくなった。恐怖の方が優ったのだ。後ろを見やれば、黒い影達は目と鼻の先だった。
果てしない闇だ。無機質な感触。一人の影が私の手を掴み、そして体に覆い被さるようにして飲み込んでゆく。
「た、すけて」
助けて。無意識に呟いたその言葉に、私は違和感を感じた。私は、誰かに助けて欲しいのだ。でも、誰に。もう思い出せない。忘却の彼方だ。目の前が真っ暗になる。視界が黒に覆われる。息が、できない。