複雑・ファジー小説

Re: 世界は残酷で優しい ( No.13 )
日時: 2018/04/06 19:17
名前: アイカ・マーブル ◆85qvGhCCNc (ID: rBo/LDwv)

 通信魔道具が切れると同時に、息を吐き出す。どうやら、緊張していたようだと今更ながらに気がついた。

 ここ二〜三年の間に民間にも普及した通信魔道具。一度、便利さと簡単さを知れば一般家庭に広まるのにはたいして時間は掛からなかった。当初は通信時間の制限など合ったものの、それらは今となっては大部分解消している。また、国内間であるなら気楽に連絡を取り合えるようにもなった。

 まぁ、もっとも三十年ほど前には、通信魔道具自体の存在は軍にはみられたわけだから一般家庭に普及したのが遅いか早いかはいまいちわからないが。

 通信魔道具を置いてある机の引き出しを開けて、手帳とボールペンを取り出す。

 正直な話、私はボールペンの書く感触はあまり好きではない。もっぱら、家で使うのは羽ペンである。とはいうものの、外出する際は、そのようなことを言ってられない。

 鞄に手帳とボールペンをいれ肩から提げる。そして、台所に無造作に置いていた通行許可証を握り締め家を出た。

◆◇◆◇◆◇

 賑やかな町を眺め、ふと思う。昔は、こんなに笑いが絶えず聞こえただろうかと。

 いや、

 (昔、聞こえたのは、恨み——怨み言と悲鳴だ)

 死は身近にありふれていた。

 作物が枯れ、満足に食べれず、飢えて——餓えて死ぬなんてざらであった。

 死は身近に存在していた。明日どころは今日一日を生き抜くことで精一杯であった。


 (まさか、覚えているとはな)

 昔、何気なく会話した内容だった。

 かつての自分なら、断る案件で。

 しかし今は、揺れ動いていた。いや

 (もう、答えは出てる)

 ただ、誰かに背を押してもらいたいだけだ。

 そして立ち止まった。

 (あれは……)

 ガラスケースに入っているものが視界に見えた。

 気が付けば、足が動いていた。

 "カラッン"

 「すまない、あのガラスに入っているカードを売ってくれないか」

 それは、トランプであった。極あり触れたトランプ。一般のトランプと違うのはジョーカーの絵柄だろうか。

 死神を連想させるような黒いローブを深く被り、微かに見えている顔は白と黒のお面に隠れている。

 長い鎌が首元で交差され、足元にある刃は下から首元を狙うように描かれている。

 右手には食べかけのりんご。左手は黒いもや。

 何故か、そのジョーカーは微笑みを浮かべている気がした。

◇◆◇◆◇◆

 目の前に、笑みを浮かべている昔と変わらない知人の言葉に、もう機能していないと思われた表情が微かに動く。

 「それは……」

 歴史は権力者の都合のいいように書かれる。確かに目の前で笑みを浮かべている彼の言う通りだ。

 だが瞳の奥は、かつてと同じように冷たい。それの意味は何か。いや

 [都合が良いことを頼んでいるのは理解している。だが、私は君にしか頼めない。無論、出来る限りのサポートはする。]

◆◇◆◇◆◇

 町を出て森に入ったところで、私はソレを喚んだ。

 「いるか」

 空間の歪みと共に、私の影が揺れ動く。

 地面が震動し、止まると同時に黒い霧が発生する。

 その現象は、彼が喚び掛けに応えた合図でもあった。

 霧は徐々に人の形をとり、私に頭を下げた。

 「主よ。何用だ?」
 「手紙の配達を頼みたい」
 「我にか?」

 言外に自分に手紙なんぞ配達させる気か、と問いかける彼に私は頷き、近くにあった岩に腰掛ける。

 「少し贅沢な手紙鳩な気はするが、確実に頼みたい」

 その言葉に、不敵な笑みを浮かべる彼は本当に私より

 (表情がよく動く)

 人形のように整っている彼の顔を眺めながら私は続けた。

 「例の件、引き受けましょう。原稿は、今伝言を届けたモノが届けます。なお、著者の名はライアと」
 「主よ。意味はなんだ?」

 長年、私のそばにいる彼は、私が無意味な行動をとらないと理解していた。

 「ん?あぁ、異国の言葉でね、————って意味なんだ」

 その答えに、また心底面白そうに笑った。









 伝言を届けに向かった彼を見送り、私は始めの目的地に向かって歩いていた。

 『なぁ、——————夢はあるか?』

 なんの脈絡もなく問いかけられたソレに、当時の私は彼の頭を心配していた。

 少なくとも、敵に囲まれ戦闘している最中に言うことではなかった。

 『今、聞くことですか?』

 私は律儀に、そう返事した。

 『そりゃ、お前をこちら側に引き込んだ張本人として聞きてぇなって』

 その言葉に、当時の私は動きを止めた。迫り来る刃は他の人間が止めると理解していた私は、まじまじと彼を見上た。

 『上の命令でしょ?』

 その言葉に、彼は笑いながら首をふった。

 『確かに上の命令ではあるが』——————自分が引き込んだのには変わらないと。

 『——————ですよ』
 『あ?』

 爆風の音が鳴り響く戦場でする会話ではなかった。

 『本って凄いですよね』
 『まぁ、知識の源の1つではあるな』
 『えぇ、まぁそれもありますが』

 当時は、今ほど本は普及していなかった。紙自体が高価であり、戦争中は何処の国も規制が激しかったのだ。娯楽小説なんぞ、なおさらなかった。

 『笑いますか?』
 『いや、いい夢だとは思うぞ。こんな場所で、する話ではないが』
 『最初にしたのは————さんですよ』














 『私はね、作家になりたかったんですよ』