複雑・ファジー小説

Re: 世界は残酷で優しい ( No.20 )
日時: 2018/04/13 21:35
名前: アイカ・マーブル ◆85qvGhCCNc (ID: KG6j5ysh)

 (あぁ、悪くはない)

 先程別れた主君を思い、悪魔である彼は笑う。

 近年では悪魔は魔族ではなく、精霊に等しい存在だ。あえていうなら対であるなどと言われ始めているが、彼を含め悪魔からしてみれば他者が自分達をどう思おうが興味がなかった。

 彼等の多くは、享楽的で快楽的な出来事を甘美に感じるのだ。無論、何に感じるかは個々に差が生じる。彼は瞳に映る感情を好んでいた。

 (何年たっても、変わらぬ瞳が)

 本当にいとおしい。悪魔は約束を重んじ、また自分の欲に忠実である。彼もまたそうである。

 未だに色褪せることのない思い出に浸りながら、彼は目的地に向かった。

◇◆◇◆◇◆

 悪魔は欲に忠実である。ゆえに、欲により喚ばれた場合は気紛れに応じる。彼等は永久に等しい時を生きる種である。永久に憧れを抱くもの——多くは人族ではあるが、彼等からしてみれば、永久など退屈でつまらないものだった。

 だからこそ自分の欲に忠実なのだ。彼等の思い出は快楽的で享楽的で、狂喜——狂気的であればあるほど色濃く残り、永久も生きていける。

 だがやはり、長い時間が経つとソレも色褪せていってしまうのだ。ゆえに彼等の多くは、気紛れに人の喚び掛けに応じる。

 長い退屈を、僅かでも抜け出すために。

 彼もまた、その一つであった。

 その日は狂気を感じるほどに、血のように赤い満月の夜であった。彼が喚び掛けに応じた時には、彼を喚んだであろう主——赤子が殺されかけていた。

 いや、永久を生きる彼からしたらみな赤子であろう。5〜6歳ほどの幼女と、その幼女に似た10歳前後の少年である。いや、幼女が少年に似ていた。おそらくは、兄妹というものなのだろうと彼は納得する。

 興味深かったのは、それだけではなかでた。人の時間で考えても、二人は子供であり庇護する存在であるといえよう。————にも関わらず、二人は相手を害するのに————殺害というものに慣れていた。

 首を絞められもなお、視線を相手から外すことない幼女。瞳に怯えの色は見えず、また冷静であった。そして気配を消し、男の背後にまわる少年。少年の瞳に映る感情は冷酷であった。面白い。実に面白い。喚んだのが赤子に等しい人間というのも、兄妹で彼を喚んだのも、二人の瞳に映る感情も、面白くまた同時に興味深かった。

 そしてそれは、一瞬であった。息をのむと少年は握っていたナイフを、男の首めがけ振り上げた。心臓を狙わない点に、彼は評価を上に修正する。そして、男の体勢が崩れた瞬間、幼女が動いた。首を絞められ酸欠状態であっただろうが、素早い動きでいつの間にか手にしていたナイフで心臓をひとつき、ふたつき。手慣れた動きに、彼は笑みを浮かべる。彼の喚んだであろう気配は二人で間違いなく、また楽しい日常を送れそうだと。

 悪魔という種を、喚ぶのは二つの方法がある。一つは、特殊な魔法陣である。無論、それだけでは多くの悪魔は喚び掛けには応じない。ゆえに多くのものは、大量の生け贄を捧げるのだ。

 もう一つの方法は、曖昧で多くのものは意図していない。偶発的召喚である。多くの血と死体、瘴気とまではいかないが濃度の高い魔素。そして、強い思いである。

 二人から漂う狂気に、彼は正しく酔っていた。また、素直に称賛を込めて拍手を贈っていた。

 場違いな拍手の音に、四つの瞳が彼に向けられた。

 「だれ……」

 問いかけながらも、警戒体制を解かない二人に、彼はまた評価を上に修正する。

 (面白い。非常に、面白い)

 彼は、気紛れに二人と主従の契約を交わすことにした。契約を交わし分かったことといえば、二人は彼の想像以上に歳を重ねており、妹は12歳で兄の方は15歳であった。

 二人は珍しい外見をしており封鎖的な村では、忌み嫌われていたようだ。ただ二人は気にすることなく、だからといい依存しあうことなく協力していた。

 人は未知に憧れを抱き、また未知に恐怖を覚える。二人の村は、恐怖が優ったのだろう。そして、山賊が襲った。村人は二人を生け贄に生き残ろうとしたが、一人残らず山賊に殺されたという。

 もっとも、彼からしてみれば本当に山賊が村人全員殺したのか怪しいところだったが。






◆◇◆◇◆◇

 一年が経ち、二人は彼と会話をするようになった。

 二年が経ち、二人は彼に助言を求めるようになった。

 三年が経ち、二人は彼に教えを請うようになった。

 四年が経ち、二人は年相応の外見に成長した。

 そして、五年が経ち

◇◆◇◆◇◆

 ふと異物を感じとり、彼は思考の海から抜け出した。

 どうやら異物と感じたのは、目的地に張ってあった結界であったようだった。精密で完璧ともいえる結界に、彼は少しずつ自分の力を流し込んでいく。

 結界全域に力を渡らせたのを確認して、徐々に結界を自分の支配下に置き換えていく。

 「うむ」

 そして、結界は彼を受け入れた。