複雑・ファジー小説
- Re: 灰被れのペナルティ ( No.7 )
- 日時: 2018/05/02 13:45
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: JiXa8bGk)
—7—
急に、さっきまでとはちがう熱が戻ってくる。恥ずかしさからか、私もうつむいた。
「あんた変わってんね」
くすっと、間宮さんは笑った。
笑顔のよく似合う人だ。わずかに苦しそうで、でも笑おうとして返してくれたのだろうかと思う。
また心臓が痛みだした。
苦しい。
つらい。
いやな痛みだ。
「あの……間宮さんは、」
「んー?」
「さっきのその……罪悪感、とか考えながら歩いてたんですか? ここに来る前。帰り道で」
「え、あー……そうだったかな。たぶん」
「……」
「? なんで?」
気づいてしまったことがある。
ここまで出会った人、みんなに共通していること。
それは、罪悪感だ。
鉛筆を盗んだあの男の子も、
おそらく、キャリーケースを引いていたのであろうさっきの男性も、
頭にメガネを乗せたスポーティな女性も、
間宮さんも。
みんな、おなじ顔をしてた。
「なに、どしたのいきなり座りこんで? ……気分悪い?」
みんななにかしらの罪悪感を抱いてた。
「ちょっと、だいじょぶ?」
罪を犯したのではなくて、罪に苛まれていた人たちだったんだ。
「……は」
罪を犯したのではなくて、罪の意識と向き合おうと、苦しんでいた人たちだったんだ。
「ちょ、なに、あんた泣いてんの……っ!?」
なのに私は。
私とは……——正反対だ。
「……やっとわかった……」
「はぁ? なにが?」
「なんで、間宮さんたちがここへきて……私みたいなのが生きてるのか……」
「……。ちょっと、あんま泣かないでよ。困るじゃん」
「なんで、ちゃんと向き合おうとする人が殺されて、そうじゃない人が、生きられるのか」
鉛筆を盗んだことを、あの男の子は後悔しただろう。
きっと鉛筆の持ち主に謝ろうと思っていただろう。
悪いことをしてしまったんだと、自覚があっただろうに。
「いままで気づかなかった。進路も先生に決めてもらえばいいやと思ってた。きっとお母さんが大学の本とか買ってくれて、自分のいまの成績で入れるくらいのところならどこでもいいって。将来の夢だって、大学に入れば勝手に決められるって、そう思ってた」
「……」
買う予定だったマンガが、おもしろくなかったらどうしようだなんて。
「そんなもの、買う私の責任なのに」
——でももしおもしろくなかったら。
——きっと買ったとき払う金額よりもすくない金額で売ることになるだろう。
——おもしろい内容でありますように。
「押しつけようとしてたんだ、ぜんぶ」
だから選ばれたんだ。断罪者に。
罪の意識ある者に、罪の意識を押しつける者として最適で、最低な人間だから。
「……よく、わかんないけど」
「……」
ふわりと、あたたかいものに包まれた。
「ごめん、ハンカチとか持ってなくてさ」
耳元で声がする。キツそうなしゃべり方だったのに、ささやいた言葉が思ったよりやわらかかった。
腕を回されて、その制服の布から爽やかな香りがした。洗剤の匂いだろうか、ひだまりみたいだ。ぽたぽた落ちる涙を吸いこんでいく。
そのとき。
「……」
驚いて、目を見開いた。
「もうおさまった?」
「……。あ、う、うん」
「にしても、死んだ身体で抱きしめても、あいかわらず冷たいだけだね」
「……」
心臓が、鼓動を呼び戻す。
間宮さんは私から身体を離して、よいしょと立ち上がる。座りこんだままの私に手を差し伸べてきた。
「立てる?」
「あの」
せわしない胸元を、ぎゅっとつかんだ。
「もしかして、あなたはまだ」
ピーンポーンパーンポーン——。
よく聞きなれたチャイムが鳴り響いた。
『全罪人へ告ぎます』
低い声色が、広い廊下に反響する。
『桐谷朱留という娘を探してください』
自分の名前らしきものが呼ばれた気がした。
『その者は、あなたがた死者を愚弄する、生者です。あなたがたを嘲笑うためにそこへ訪れたのです』
「……はぁ? え、なに? セイジャ? どゆこと?」
『半端者に居場所はありません』
背筋に悪寒が走った。
また、逃げなきゃという気持ちに支配されていく。
『桐谷朱留を探してください』
私はその場からすぐに立ち上がった。
そして駆けだした。
「えっちょっとあんた! どうしたの! ねえ!」
間宮さんの声が聞こえる。
「待ってってば! ねえ!」
私は、足を止めた。
さっきの場所からすこし離れたところまで、声が飛ばされてくる。
「あんたまさか……さっきの、放送で言ってた……」
「……」
「セイジャって、あんたは、生きてるってこと?」
死後の世界に、生きている人間がいるわけないのだと動揺しているのだと思う。
さっきまでは私もそう思ってた。
ここは死後の世界だと思いこんでいた。
「私だけじゃないよ」
振り返った。
「間宮さんも生きてるよ!」
驚いたように、大きく目を見開いていた。
「みんなみんな……死んでなんかいない! ここにいるみんな、まだ生きてる!」
両足が交互に動きだして、走れ、と脳がそう言った。
どうすればいいのかはまだわからない。
けれど、動くのはいまだと思った。