複雑・ファジー小説

Re: 灰被れのペナルティ ( No.10 )
日時: 2018/05/03 00:00
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: JiXa8bGk)

 
 なんとか平静を装いながら、私は玄関から自宅へあがった。

 「あんた、どうしたの靴。片っぽしか履いてないじゃない」
 「……あ」

 気づいたときには、片足が痛みはじめていた。
 
  
 
 —10— (最終)


 翌日のことだった。
 今日も私は、朝食のパンをひとかじりして、テレビをつけた。

 『続いてのニュースです』

 きっかり午前8時。いつも見ているニュースの時間だ。

 『世間を騒がせていたあの大量の失踪事件による被害者の方々が、次々と自宅のほうに戻られているとのことです』

 パンをかじったまま、私はテレビ画面に釘づけになった。

 『昨日の夜にひょっこり戻ってきたんです。なにがあったのか聞いたんですけど、息子は「変な夢を見てた」とか言ってて……』
 『自分はよく覚えていないのですが、最初、塔のようなところにいたような……そんな記憶はあります』
 『被害者の方々にお話をお伺いしたところ、事件当時のことをはっきりと記憶している方はいませんでしたが、皆さんからのお話によりますと、どうやら「塔のようなところにいた」らしいということが被害者の方々に共通しているとのことです』
 『みんなおなじ夢を見て、それでみんなそろって記憶喪失っていうのは、なにかあるんですかねえ』
 『そうですよね。えーしかしそんな被害者の方々から、その夢の中で、「ある女の子に助けてもらった」との声が多数上がりましたので、詳しい話を聞いてみました』

 「……どうしたの、朱留。パン、落ちたわよ」

 『あんまり覚えてないんですけど、僕はサッカーの試合の会場にいて、その会場の入り口の外に女の子が立ってました。同い年くらいの……あー、顔とかはよくわかんないです。でも、制服だったと思います。その子が「いっしょに帰ろう」って叫んだのは覚えてます』
 『マンションのエントランスでした。ガラスの窓の外で女の子がひとりだけそこに立ってて、「みんな生きてるから、帰ろう」って声がして。はい。高くも低くもない感じの声でした。正直こわかったけど、どうにでもなれ! って気持ちで私も外に出て、それで気がついたら自宅の前に戻ってきてて……ああ帰ってこれたんだって、実感したらちょっと泣いちゃいました』
 『特徴ですか? あーどうだったかな……俺、会わなかったんすよ。でもなんか、女子高生っぽかったと思います。ふつうの、こげ茶色の髪の毛? で。なんか叫んでたときは、すげーかっこよかったっす』
 『あの子、みんなに囲まれていたので、私もよく見れなかったんです。でも顔は上から半分だけ見えました。よく見る感じの顔つきといいますか……目元ぱっちりというよりは奥二重なのかな? みたいな。あの子のおかげで夢から目を覚ませたって感じなので、もしどこかにいるならお礼が言いたいなと思います』
 『僕は、その女の子に実際会いました。会って話したというわけではないんですが。そうですね、髪の毛の長さは肩くらいまであって、結んではなかったです。体型もふつうくらいで。顔はすぐそらされてしまったので、よく見えませんでした。会える機会があるなら、僕も会いたいです』
 『あたしは会いました』

 聞き覚えのある声がした。

 『会って、いろいろしゃべりました。なんか、あんまりよくは覚えてないけど……あたしとおなじ制服着てて、あっ、たしかその子、おなじ学校です! 名前は……あ、なんだっけ。なんかこう……明るい! みたいな感じの名前で、そんで……ローファー履いてました! あたし、その子のローファー拾ったんだ! 校門の近くで!』

 「……」

 『あんた、もし見てたら新しいローファーとか履いてこないで、そのまんま来てよ、学校! そんで会って! お礼が言いたい! ありがとうって、言いたいから!』

 「ちょっと朱留。あんた、なにそんなとこで突っ立っ、て……ってちょっと、」
 「……」
 「泣いてるの、あんた?」

 制服の袖でぐいと目元をこすった。
 すすった鼻が痛くなる。

 「ううん」
 「あら、もうこんな時間。はやく行かなきゃ遅刻するわよ。あんた、今日始業式でしょ」
 「……なんか、行きたくないなあ」
 「え?」

 『話に出てきた少女につきましても、実際に存在している可能性が高いということで、近日中にはお話しを伺えるのではないかというところですね』

 「なに言ってるのよ。寝ぼけたこと言ってないで、さっさと行きなさい」
 「うそだよ。すぐ出るってば」

 そう言いながら、ぺたんこのスクールバッグを肩にかける。
 玄関に向かった。

 『なんだかヒーローみたいで、かっこいいですね』
 『ヒーローというより、あれですねえ。被害者の間宮若菜さんがさきほどその女の子のものと思われるローファーの片一方を持っていましたし、』

 しゃがんで、靴ひもをぎゅっと結ぶ。

 『シンデレラのほうが、お似合いではないでしょうか』


 私は片っぽだけ運動靴を履いて、家を出た。






 

 

 

 

 

 

 

 『そして、あの謎の建造物ですが、今日未明、忽然と姿を消していました』

 『失踪事件の被害者が戻ってきたのとほぼ同時ということもあり、検察側は建造物と失踪事件に関連性があるとみて、引き続き調査を進めていく模様です』

 

 END