複雑・ファジー小説
- 2−12 ( No.27 )
- 日時: 2018/09/04 01:20
- 名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: jxsNqic9)
2−12
海黒が人差し指を突き出す。その直線上には、飛来する水泡。腕から指先へ、真っ直ぐに伸びたラインに沿うように1つの鉄塊が滑り出した。
その速度は水泡もずっと速い。狙うは中心。青い光子が核を成す、水泡の中心だ。
——《COLOR》を使用した戦闘において、その本質は力のぶつけ合いなのだと姉から聞いたことがある。
一方の《COLOR》の力が相手のそれを上回った時、相手の《COLOR》は打ち砕かれるし、両者の《COLOR》の力が同等な場合それは相殺される。つまり戦闘で有利に立ち回りたければ、相手より高出力で《COLOR》を使えばいい。
ただ「力」は単純なものではない。例えば、青太や海黒のように何かしらの物質を顕現させる《COLOR》では、「力」は物質の形状や質量や硬度、そしてそれを放つ位置やタイミングや速度に左右される。
海黒の《COLOR》は、鉄に限りなく近い性質を持つ物質を生成するものだ。頑丈で鋭く尖った鉄塊は、たとえ手の平より小さかったとしても、相手の《COLOR》を破壊する。
刹那、破っと光が散った。黒の鏃が透明な膜を破り、核を砕いたのだ。
海黒の鉄は砕けない。その勢いのまま、垂直落下する雨水を裂き飛んでいく。そのスピードに反応できなかった相手が寸前で水泡を生み出すも、鉄塊は相手の頬に傷をつけた。
相手の《COLOR》が他人の《COLOR》をコピーするものだったとして、それは劣化コピーにすぎないのだろう。青太の水の弾丸は海黒の鉄塊を砕く。相手が放ったものは、青太が撃ち出す水泡と一見同じだったが、オリジナルに比べて速度が遅かった。だから押し負けたのだ。
「所詮は海賊版、ですね」
「でも水島の《COLOR》はこれだけじゃないよ。気をつけて」
海黒は絶え間なく飛来する水泡を、確実に狙撃していく。不利な状況、ではなかった。
しかし飛鳥は、その水泡が、徐々に扁平な形になっていくのに気付いていた。
海黒によって壊されてしまうような水泡を、相手が意味もなく何度も撃っているとは考えにくい。
「海黒さん——鉄塊を撃たずに、宙に静止させておくことってできるかい」
「……やってみます」
彼女は射撃を続けたまま、下がっている方の手の平を開く。
「水島。そっちの《COLOR》は分かったか」
「まだ正確には分からないけど、多分、棘を生成する《COLOR》だ」
首だけ水島の方に振り向けば、地面の一点から3本の棘が突き出しているのが見えた。高さは1メートル弱。色は透明、表面は滑らかだ。見たところ性質はガラスと同じだろうか。
1つの根元から天空に向かって生えた3本のガラスの円錐は、雨に濡れて美しいとさえ思えた。しかしその尖端は剣先のようだ。貫かれればひとたまりもないだろう。
「対応できそうかい」
「棘の生成には時間がかかるみたいだ。未発達の棘を確実に壊していけば、辛い相手じゃない」
そう言いながら青太は、成長した棘に向かって水泡と水刃を放った。最初に罅が入り、次の一撃で割れる。そうしているあいだにも相手は別の場所から棘を生やす。
青太の反射神経は優れていて、ほとんど真反対に生成さたそれにすぐに3発目を撃った。
「あまり相手に近づかせるなよ」
「了解」
「それから、相手にも近付くな」
「え、どうして」
「ちゃんと『相手』を見ろ」
青太は『相手』を見ようとして、戸惑った。視界が青い光に包まれて、『相手』の姿を捉えることができなかった。宙を舞う幾つものガラスの破片が、青い光を受けて輝いているからだ。
「君を本当に傷付けたいなら、君から離れたところに棘は生成しない」
確かに『相手』は、始めのうちは青太の近くに棘を生成していた。その目的がガラスの棘で青太を突き刺すことだったのは間違いないだろう。しかし青太が次の瞬間には棘を破壊してしまうのを見て、『相手』は青太から少し離れた位置に、続けざまに棘を生成し始めたのだ。
全ては、青太の視界不良を招く為。
「相手の攻撃範囲は限定されてる。そうじゃなきゃ、すぐに僕たちを串刺しにしている筈だよ」
だから自分達に近づくために、自らの姿が見えないようにしたのだ。
青太がそれを理解したのと同時、飛鳥と青太の間で、硬い音が響いた。
飛鳥の袖を掴み、横に飛ぶ。1秒前まで自分たちがいた場所で、ガラスの棘が成長しているのを見て、青太は笑った。
「さすが……瀬川はやっぱり、頭がいいな」
笑えないな、と思いながら、いつの間にか距離を詰めていた『相手』に水泡を弾けさせて目眩ませ。一瞬の隙をついて体側に蹴りを入れる。
「頼んだよ、水島」
「相手は1人だ。攻撃も見える。そんな奴に負けるほど軟じゃないさ」
黒い眼が、すっと細められた。
『相手』の棘は殺傷能力が高い。それに、もしあれで行先を塞がれてしまったら自分たちは逃げられなくなる。撒くだけではいけない。奴だけは、戦闘不能に追い込まなければならない。
思考する青太の背後で、飛鳥は海黒に目を向ける。
模倣の《COLOR》所持者の手には、3つの青い光。
「海黒さん、今だ!」
合図からずれることなく、手の平の倍の大きさまで錬成された黒の立体が宙に浮く。雨の中重い鉄塊が重力を無視して浮遊する光景は、不自然な合成写真のようで、これが《COLOR》なのかと頭の隅で思った。
ただ、それが宙にあったのも瞬きのあいだ程の時間のみ。
雨粒を断ち空を裂く水刃が、たった2つで鉄を圧し斬った。2つ——いや、『相手』が構えていたのは3つの光。つまり最後の一撃が来る。
海黒は動かない。先程の攻撃によって、彼女の視界は黒と青の屑に覆われている。迫りくる弾丸に気づけない。
飛鳥は地面を蹴った。
海黒に手を伸ばし、腕を引いて海黒の身体を傾けさせれば、海黒は寸でのところで攻撃を躱す。頬を掠めん程間近を過ぎった水泡に、海黒の顔は分かり易く引き攣った。
水泡を撃つ原理と水刃を放つ原理は同じなのだろう。『相手』は無意味に水泡を乱射していたのではなく、水刃を放つ為に水泡の形を調節していたのだ。
水刃は厄介だ。あれは水泡とは違って核を持たない。反射的に鉄塊を撃っても逆に斬り伏せられてしまう。
それを完全に防ぐとしたら、《COLOR》の根元——《COLOR》使用者の手を狙うしかない。
「……奴らの手を、狙うのは」
「かなり、難しいと思いますよ。手が傷つけば、《COLOR》を使うのに大きな支障をきたしますから。手は一番防御が硬い場所です」
その防御を無理やりこじ開けることはできますけど、と海黒は言う。手の平一点目掛けて、全ての力を込めた一撃を食らわせるか。だとしても、潰せるのは片手のみで、その隙にもう片方の手で攻撃されてしまえば、こちらはノーガードでそれを受けることになる。最適な策、とはとても言えない。
海黒は迎撃を続けているが、迎撃パターンも読まれているのだろうか、徐々に防げない攻撃が増えてきている。
彼女が持つ攻撃の種類は、決して多くはないのだろう。青太の水のような液体物であれば、形状がどのようにも変わる為攻撃の種類は増える。しかし海黒の鉄ような固形物では、そうもいかないのだ。
更に彼女の場合、一度に生成できる鉄の量も、その範囲もかなり限られているようだった。だから『相手』の足元から鉄柵を生やして動きを封じることもできない。
ふと飛鳥は、『相手』の片割れがスマートフォンを操作してるのに気付いた。もう片方が戦っているのに、それに応戦せず、後ろに隠れて携帯端末を操作しているのは何故だろうか。
まさか。
「仲間を呼ばれたかもしれない」
飛鳥が零した言葉に、海黒がびくりと反応する。その表情は苦々しく、険しい。
眉を顰める飛鳥の背中に、とん、と何かが当たった。それは青太の背中だった。
青太は肩で呼吸しているものの、怪我などは一切していない。対してガラスの棘を生成する『相手』の方は、片手がぶらんと垂れ下がっていた。
「……何したのさ」
「水の球を当てて、手首を捻挫させただけだ」
だのに、青太が言うには、『相手』の《COLOR》の精度は全く変わっていないらしい。
《COLOR》を使う場合にも、利き手とそうではない手では精度に差が出る。両手を使えば出力も精度も最高になるが、『相手』は片手になってもそれが変わっていないということは、奴は最初から片手しか使っていなかったということだ。
「最初から相手は、消耗戦に持ち込むつもりだったってことか」
「紅野さん、本当に来てくれるのかな」
「……岬紅野って、強いのかい」
「……ああ、紅野さんはすごく強いぜ」
今まで相手を睨みつけていた青太が、ふっと笑ったような気がした。
岬紅野。会ったこともない男を信じて待つなんて、いるかどうか分からない神に縋るようで、飛鳥にとっては居心地が悪かった。
飛鳥はもう一度周囲を観察する。3人は気づけば中心に追い詰められてしまっていた。
右手には青太と、ガラスの棘。青太の方が有利であることに変わりはないが、彼は《COLOR》の暴走を恐れてか、出力を制御しているようだった。開けた場所では威力が広範囲に散ってしまうから、波を起こしても意味がない。彼の実質の武器は水泡と水刃のみだ。
そして、左手には海黒と2人の敵がいる。海黒は立っているので精一杯で、攻撃を躱すことができない。防御まで自らの《COLOR》頼りになってしまっている為に、攻撃も防御も精度が落ちている状態だ。
相対するのが1人ならまだ何とかなっただろう。けれど『相手』の片方にいたっては《COLOR》が割れていない。明らかに、不利だった。
「飛鳥先輩」
海黒は再び、鉄塊の生成を始める。まるで弾丸が弾倉に装填されていくかのように、彼女の両手を円形に囲む形で鉄塊が1つ、また1つと黒い艶を得ていく。
彼女はまだ、戦うつもりだ。
「『相手』の攻撃が、なんだか、徐々に強くなっていってる気がするんです」
「徐々に強化される攻撃、か……」
《COLOR》の「力」を左右するもの——つまり、《COLOR》による攻撃の威力を左右するものは、生出す物質の形状や質量や硬度、そしてそれを放つ位置やタイミングや速度。
これらのいずれかに変化があったから、攻撃の威力が増しているのだ。
飛鳥は俯いた。前髪から水滴が落ちる。それは後ろ髪も同じで、大きな雫が、項の稜線を辿って背中へ滑っていった。
そんな感覚を鬱陶しく感じた。しかし次に飛鳥は「ああ」と気付いて、それから、前を見た。
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