複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.12 )
日時: 2020/05/20 18:25
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

……本当に来ちゃったよ……。
 まだ手を付けていない書類や印を押してない書類もあったのに……。帰った後が恐ろしい。今すぐ帰りたい。
 わたしの抵抗も虚しく、枳殻行きへの列車に乗せられた。

「ぐだぐだしてねぇでさっさと降りろ。もう着いたぞ」

 嫌だ嫌だと思っていても時間は無常である。あれやこれやとあっという間に枳殻の駅へ辿り着く。
 ぶっきらぼうに言う雪ちゃんを遠目に、重い腰を上げて歩き出す。
 駅を降りて思ったことが1つ。

「特に変化は無いね」
「まぁここは国境の近くだからな。迂闊に暴れたら親父(皇帝)にすぐ情報が行くだろ」
「それもそっか」

 あっけらかんとして言う繋に頷く。
 盗賊が暴虐を強いているという情報とは裏腹に、人々は和やかで静かだ。
 もともと、枳殻という都市は他の都市ほど目立つところが無いのだが——どこよりも治安が良く、文字通り「人々が支え合って生きている」ところなのだ。
 病気で動けない人がいれば地域で救け、事故や病気で両親を亡くした子供がいれば地域で育て——気候による災害で農作物の収穫量が少なく、食糧が不足している人がいれば地域で提供したり。
 あらゆる意味で温かい都市。

「まずは領主に会おうぜ。今回の事は一番よく知っているはずだからさ」
「ああ」

 そう言ってわたしたち3人は領主の住まう屋敷へと足を運んだ。





「出雲からはるばる……。本当にありがとうございます」

 屋敷にて出迎えたのは数人の侍女と30代前半らしき男性だった。
 少し長い銀髪を一つまとめにしていて——印象としては上品というべきだろうか。訪れるなり、わたしたちが上様の使いだと理解するとすぐに広間へと案内してくれた。
 侍女が茶をすべて出した、そんなときに言葉を発した。
……けど、疑問が一つ。

「枳殻の領主は50代後半の——いえ、水薙(みずち)様だと認識していますが」
「これは失礼しました。ご存知かとは思いますが、父は最近の事件で具合を悪くしてしまって……。代理として息子の私が領主をしています。父のようにうまくはいかなくて……」

 彼は筒治(つつじ)と名乗った。
 確かに、あの水薙様が盗賊による暴虐を1ヶ月も放置しているわけがない。領主なり立ての経験不足からなのか。
 ともあれ、下着泥棒と盗賊の件同時進行で解決しなくてはならないのだ。
 けれど、彼にはもう一つ疑問が——……。

「おい」

 今まで口を開かなかった雪ちゃんが唐突に口を開いた。
 雪ちゃんの妙な威圧感に筒治さんは少し冷や汗を流していたが、気にすることなく机に足を乗せた。
 行儀が悪い! 繋を見習え! 見てよこの上品さを。

「——……テメェが盗賊団の首領だろ」

 ——……あ。
 やっぱり、雪ちゃんもそう思っていたんだ。どうやら繋も同じことを思っていたようで、居心地悪そうに肩を竦めている。
 まさかこんな初っ端から堂々と言うとは思わなかったのだろう。
 しかし、筒治さんは動じることなく。

「思ったよりも面白い方なんですね。廻皇隊の雪丸慶司さん。どうしてそう思ったのかはわかりませんが——、私は領主である水薙の息子です。盗賊とは縁がありませんよ」
「そうかな」

 今度は繋が口を開いた。
 雪ちゃんがぶっちゃけた以上、隠す必要もなくなったのだろう。

「まずおかしいのは出迎えの仕方だ。普通領主ってのは皇帝が来訪する以外出迎えは侍女や召使に任せる。それで呼ばれたら領主が行くもんだ。俺が思うに、目を離した際に俺達に情報が漏れるのを阻止したかったんだろう?」
「何をおっしゃられる。確かに、いつもならそうします。ですが今回は状況が状況ですし、それに、皇帝の息子である繋様が来られたのです。私が出迎えないわけにはいきませんよ。父もきっとそうしますとも」

 ニコニコとしながら答える筒治さん。
 けれど——……アンタは一つ余計なことを話した。
 水薙様は繋には、

「水薙のおっさんは繋を『皇帝の息子』だっていう特別扱いはしないんだよ」
「——……っ!!」

 雪ちゃんの射貫くような言葉に思わず筒治さんは立ち上がった。
 水薙様は豪快で皇帝の息子だからといって恭しい態度を取られたくない繋の性格を察して一宮仕えのような扱いをするのだ——よってそれは当然息子には言い聞かせているはずだ。いくら、それが失礼な態度だったとしても。

「それに、水薙様の息子さんは超が付くほどの自由人だからこの国には年に一回程度にしか帰らない! 世界中旅してるからね。領主の息子なのに!」

 わたしがそう言い放つと、筒治さんは力なく、再び座り込んだ。
 そして、くつくつと不気味に笑いだす。

「——……私も焼きが回ったか——、というかあーあ。やっぱり付け焼刃の息子設定は上手くいかねぇな……。おい手前ら!!」

 筒治がそう叫ぶが否や、思い切り障子を開けられた。素早く、武器を装備した——盗賊らしき人物が数十人わたしたちを取り囲んでいた。
 筒治が先程の上品さとはかけ離れた胡坐を掻くと、高見を見物でもするかのように、

「殺せ! 殺して皮なり内臓抉り取って他国に売れば大した金になる。そんで——……今回の計画の邪魔が消える」