複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.15 )
- 日時: 2020/06/09 20:18
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
「粗悪品?」
「ああ。ありゃあ他国から流れてきたもんだ。ちゃんとした教育を受けていない……主に貧困層の人間を狙ってるんだ。このブツは体内に打ち込むことで潜在的に眠っている護法を無理矢理引き出す。粗悪品だから持続時間はそんな長くないけどな」
わたしと繋——そして繋が助け出した侍女さんたちは殆ど崩壊した屋敷の瓦礫に座りながら話をしていた。
話と言っても世間話ではない。状況整理と今後についてだ。
繋は先程筒治の部下が首に打ち込んでいた小さい注射器を手の平で転ばせながらそう言った。
彼が言うには、その粗悪品はここ数日の間にどんどん広まっていったらしい。
「持続時間が長くないってことは——……、じゃあ筒治(あいつら)まだたくさん持ってる可能性があるじゃん!」
「そう。貧困層には実験を対価に結構な金額が入る。それで盗賊連中には金銭を代価に戦力が、って感じだな。……正直、ヒノクニには酷い貧困層がいないから盲点だった。いつの間に盗賊も潜入してたんだか……」
はあ、と繋がしょんぼりとため息をつく。
何だか、前の宇津木の事件を皮切りに不届き者が入り込んでいる気がするな。
でも何でかって「枳殻」にいるのだろう。もっと別の国の方が目立てただろうに。
そう考えていると、おずおずと侍女の1人が手を上げた。
「お話の所申し訳ありません……。あの、私たちはどうすれば……? それに彲様は今どうしておられるのでしょう……!? あのお方は私達を庇って、盗賊共との乱闘の末、行方不明なのです……!」
「水薙様が?」
「行方不明?」
わたしと繋は侍女さんの言葉に同時に首を傾げた。
てっきり筒治に監禁されているかと思いきや、行方不明だったとは……。
「悪いな、お嬢さん方。良かったら何で盗賊共を屋敷に引き入れることになったのか聞かせちゃくれないか?」
繋の言葉に侍女さんの1人は小さく、震えながら頷いた。
「あれは……ほんの1週間ほど前です。私たちはいつものように助け合いながら領主様のご加護の元、ささやかに暮らしていたんです。ですが急に、筒治と名乗るあの男を筆頭の盗賊団がこの都市にやってきました。……あっという間でした。制圧されるのは。もともと農業を中心に生きてきた私たちにとっては武器何てあまりなじみがありません。力を持つのは水薙様だけです。水薙様はご存知の通りとてもお強いお方です——しかし、私達民という人質とあの注射器を打ち込んだ多数の盗賊を裁きながら対処するには問題ありました……」
話しているうちに耐え切れなかったのだろう。
しゃくりを上げて泣き出してしまった。話せなくなってしまった侍女さんの代わりに、周りにいる1人が再び話し始めた。
「挙句の果てには、屋敷から外に引きずりだされました。盗賊共は見せしめに私たちの首を斬ろうとしました……。ですがそれを止めようと飛び出した水薙様にあの筒治(おとこ)は爆弾を……っ! 爆風で何もかも見えなくなって……そしてようやく見える様になったらもう領主様はいなかった……っ!」
「……あとは先程の通りです。筒治は私たちに言いました。『皇帝の犬が近いうちにやってくる。だから俺を領主の息子のように扱え。無駄な抵抗はするな。誰かが死ぬだけだ』と……」
そう言って侍女さんたちは俯いてしまった。
……思ったより酷い状況だ。下着泥棒の件で来たのだけど……、正直それどころじゃない。
上様に連絡しないと。電話。せめて黒電話さえあれば……。
そう思ってわたしは連絡できるようなものを探して周りを見渡した。
「あ」
殆ど、お屋敷は崩壊してしまったが奇跡的に黒電話とその電線が無事であった。
飛びつくように黒電話の受話器を手に取ると、上様に向けてダイヤルを回し始めた。
※
『そういうことは速く連絡せよ。遅い』
「ず、ずみまぜん……」
仕方ないじゃん……。戦闘中だったし、正直忘れかけてたし……。
花緒さんから近衛長へ。近衛長から上様へ繋がった電話。開口一発、上様は呆れたようにそう言った。
繋が持っていた受話器を取ると、
「親父……じゃなくて皇帝。だから下着泥棒の件はあとだ。枳殻が思ったより蝕まれてる。早くしないと面倒じゃすまないことになる。それに水薙様の生死が分からない」
『——……できるのか』
一気に、上様の声音が冷たくなる。
いつも冷静な繋も今は言葉を失ってしまっている。
『その話事実だろう。わが国に入り込んだ賊どもが地方を脅かしている、一刻の猶予もない。かといって、ただ探すだけでは時間の無駄だ。その間に奴らは小賢しい真似をしよう。策はあるのか?』
「……それは今考える」
『——急げよ、繋。あまりにも現を抜かしていると我も本腰を入れる。……我の対処の仕方はわかっていような』
「……ああ……!」
繋がそう返事をすると、上様は何も言わなかった。
しかし、「ん?」と呟くと、
『それもそうだがお主たち、慶司はどうした。共におらぬのか?』
忘れてた——っ!!
雪ちゃんと何とか棒そういえばどこいった!? 今更だけど!