複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.16 )
日時: 2020/06/17 21:11
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「夜を待て、か……」

 わたしはしゃがみ込みながらそう呟いた。
 半壊した屋敷から少し離れた空き家へと移動していたのだけど——侍女さん曰く、この空き家の持ち主は、数年前にこの枳殻から氷室へと引っ越していったのだとか。
 引っ越していく前、この空き家の住民は水薙様と大変仲が良かったらしく「好きに使ってくれや」と言ったのだそう。
 まあ、それから使うこともなく家の中は埃まみれ蜘蛛の巣だらけだが、今は我儘を言っていられない。
 今後の事を考えなくては——、と思い、先ほど上様に粗方報告した。

『ふむ……。今すぐにでも切除したいというところだが——、どちらもこの時間帯は動かぬよ。夜を待て。その時にどちらも捕らえよ。……盗賊共は生死は問わんが——下着泥棒は生きて連れて来い』

 そう言って、上様との連絡は終わった。
 わたしも繋も相談した結果、上様の言う通り夜を待つことにしたのだ。
 とはいってもただ待つだけではない。雪ちゃんの行方や、この地方の人々の安否など調査は少しでもしておく。
 それは繋が行い、わたしはあまり目立てない女中さんとこの空き家で待機と護衛だ。

「雪ちゃんまさか下着泥棒と一緒にいないよね……?」

 ふと、わたしの脳裏にそんなことが思い浮かぶ。
 いやいやいや。認めたくはないが、雪ちゃんはわたしと花緒さん以外の女性には割と紳士なのだ。
 というか人間として身内が下着泥棒の一味と加担してるとか思いたくな……。

「今日も来てくれたのか!? 褌仮面とその一味たち!!」
「ありがとう、ありがとう……! 今日も漸く食べられます……!」

 何やら外で何かが聞こえる。
 そおっと窓を開けると、わたしの視界には金貨と下着が降り注がれていた——、いや、いろいろ言いたいことはあるけれど今は止めときます。
 それを浴びる様に、感謝するように枳殻の住民たちは両手を上げて喜んでいた。
 どうして下着も振り落とすんだ……? あ、言っちゃった。
 というか……。

「下着泥棒が感謝されている……?」
「え、ええ。確かに見た目ややっていることは許容できないところがありますが、我々盗賊に全てを奪われた住民にとって彼らは救世主なのです。ほぼ毎日、食用や衣類、金貨を与えてくださいます」

 女中さんがそっとわたしに耳打ちする。
 てっきり、盗賊同様混乱を振りまく存在にしか思っていなかったけど、鼠小僧的な役割をしていたんだね。
 ん? でも、いつからこんなことを?

「受け取れ。例の物だ」
「ありがとうお兄ちゃん……? あれ? 他の人と格好が違うね?」

 とある男から食料を受け取る小さな男の子。
 男の子は下着泥棒たちの褌と下履きを体に巻き付ける服装とは違った男を見て思わず首を傾げた。
 その男は白くて長い布を頭全体に巻き付けて——黒い半纏というとっても見覚えのある格好をしていて……。

「……そういう日もあんだよ。さっさと食え」
「う、うん! ありがと!」

 そう言って男の子は足早に去っていく。
 それと同時に下着泥棒もあっという間に消えていった。
 というか! 雪丸慶司じゃん!! 何やってんの!? おい、応えてよ!!

「雪ちゃんが……下着泥棒に……!?」

 もうわけがわからないよ。如何しよう上様、繋。
 身内が下着泥棒になったらその遺族はどんな風を装えばいいのでしょうか。