複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.18 )
日時: 2020/07/01 19:19
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「…………」
「…………」
「何か言えよ……」

 静寂が流れた。
 慶司が知る限り、食事の時ですら騒がしかった下着泥棒一味が——、いや、褌仮面の正体がわかってしまった瞬間、世界が終わってしまったかのように空間が静かになった。
 褌仮面、いや、水薙の正体をばらしてしまった部下は顔をこれでもかとばかりに真っ青にさせた。

「ごっ……、も、も、も申し訳……ありません……!!」
 
 勢いよく土下座する部下。部下は、反応から察するに水薙が褌仮面だということは知っていたらしい——それよりも正体を露呈してしまったことを陳謝しているようであった。
 水薙は悔しそうな、何とも言えない表情を浮かべてはいたがやがて諦めたかのように小さく首を左右に振った。
 どうやら怒ってはいないらしい。

「……いや。いずれは言うつもりだった。済まないな、慶司。こんなことに巻き込んでしまって——……」
「もうどこから入り込んでいいのかわかんねぇよ……」

 慶司は遠い目をしてそう言った。
 そして思った。成葉や繋、そして皇帝に何て言おうかと——……。皇帝と水薙は会う回数は年に一回という少ない機会だが——、皇帝は実直で忠実な水薙を高く評価しているのだ。
 そんな水薙が今皇帝を酷く怒らせている組織の頭領だと知ったらどうなるか……。

「——皇帝には、酷く申し訳ないと思っている。この件が片付いたら領主の座を降りた後、この命を差し出す所存」
「やめてくれよぉ頭領!! 悪いのは全部盗賊共だろぉ!? なんでアンタが死ななきゃならねえんだ」

 水薙の言葉に部下全員が彼の体に縋りつく。
 彼らは真剣なのだろうが——慶司以外全裸に女性用下履きを巻き付けている珍妙な格好の所為か酷くどうしようもない光景となっていた。

「おい……。何がどうなってやがるんだ」
「そうだな。お前には改めて説明しなくてはいけないな。座ってくれ」

 水薙はしがみつく部下をあしらうと床にどっかりと座った。
 その流れで慶司たちも座り込む。

「もう知っているとは思うが筒治は盗賊団の首領だ。……そしてお前たちが来る前に同志たちと募ってあいつらを退治しようとしたんだがな——例の注射器と爆薬で殆どが散り散りになったよ。人質になった奴もいるだろうよ。……俺は爆薬で枳殻の森にまで吹っ飛ばされてな。正直生きているのが不思議なくらいだったが——何とか生きてたよ」
「じゃあ何でそこから下着泥棒なんかになったんだ? どんな手段でも出雲(こっち)に連絡すればよかったんじゃないのか」
「……その時全裸でな……」
「あん?」

 恥ずかしそうに言う水薙に思わず慶司は顔を顰めた。
 予想外の言葉だったからだ。

「幸運にもなぜかほぼ無傷だったんだが衣服は全部吹っ飛ばされてしまってな……。仕方なくその時は葉っぱやらで補っていた。そんで、夜に森を降りるとゴミ捨て場に褌とその……下履きがあったもんだから……。本当に……仕方なかったし、悩んだんだが……。その後直ぐに通りすがった住民に下着泥棒だと勘違いされて——そこから盗賊共の目を欺く意味でもこうなっちまった」
「……悪ぃ、水薙のおっさん……。アンタが情状酌量の余地があるのと同時に俺はもうついていけねぇ」
「……悪い……」

 気まずい雰囲気が再び流れる。
 暫く2人が黙り込んでいると、先ほどやらかしてしまった部下が「あ!」と声を上げた。

「忘れていやした頭領! 盗賊の連中が最後の仕上げに入りやした、枳殻の駅に向かってんぜ!」
「何だと!? それをさっさと言え!」

 部下の言葉に水薙は思わず叫んだ。