複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.22 )
日時: 2020/07/30 19:27
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「もう観念しろ。そして大人しく捕まれ。殺しはしない」
「ははは。もう手遅れですよ」

 少し、息を切らしながら慶司、繋、水薙は筒治の元へ辿り着く。
 水薙が筒治に降伏するように言い放つと。しかし、彼は見下す様に低い声で笑う。
 そして上を見上げた。
 そこには——……。

「……何だ、あれは……!」

 そこには文字通り化け物が立っていた。
見た目は人のような姿をしているが——人ではない。空に届きそうな人の大きさを超えた巨体、そして貧相で簡素な着物を身に纏い、何よりも特徴的なのは、頭部が無く、手足が腐っていることだ。
化け物の足元には陣のような跡が残っていた。
恐らく筒治が描いたのだろう——その証拠に彼の右手には木の棒が握られていた。

「——何を召喚しやがった」

 慶司は筒治を睨み付ける。
 そんな彼の形相にも臆することなく筒治は屈託のない笑みを浮かべた。

「水薙さんなら知ってるんじゃないんですか? この場所はね。廃棄されはしたが『力の名残』は残ってる。生贄にされた人々の痛み、苦しみ、恐怖、侮蔑、憎悪という悪意。私はそれを仕事で集めただけ。今は頭部は無いけど、あなたたちを此処で始末して死体をこいつに食わせればきっと蘇る——……」
「お前、まさか——……!」

 はっとした表情で水薙は叫ぶ。

「ええ、ええ。私は——いえ、私たちはこの地に神を降臨させる。あの忌々しい皇帝(独裁者)が滅ぼしつくした神を取り戻し、この国を本来あるべき姿に戻したいのです」

 そう言い放った瞬間、筒治の頭上から慶司の拳が振り下ろされた。
 砕ける音が周囲に響き渡る。
 筒治の右側頭部に拳が直撃し、体制を崩しかける。しかし、慶司が容赦するはずもなく、次は顔面に膝蹴りを入れた。

「ぐだぐだ話してんじゃねえよ。降伏しねえならここで潰すだけだ。おっさん、繋。そこに立ってるデカブツ諸共消してもいいんだな?」
「——……ああ」
「帰ったら言いたいことが沢山あるぞ、雪!」

 苦々しい表情で繋と水薙はいつも通りの慶司にそう言う。
 顔中、血塗れになったものの筒治の意識はまだ残っていた。
 先程の気味の悪い笑みから一変、余裕のない悪列な表情へとなっていく。

「何という野蛮……! これだから壊すことしか能の無い皇帝の犬めが……!! もういい小手調べに犠牲にするのは枳殻だけにしようと思ったが手前らも纏めて殺してやる……!」

 そう呟いた瞬間、化け物から黒い煙のようなものが放出された。よく考えなくても解る。これは毒だ。触れただけで生命を滅ぼす毒だ。

「いいぜぇ。相手してやる、俺はな、帝国に雇われた選ばれた盗賊なんだよ。あの部下共(出来損ない)とは違う。腐ってても護法は使えるんだよ。安心しろよ、苦しませてから息の根止めてやる」




——護法とは、護る力。
 その本質は単純なようで複雑。複雑なようで単純だ。
 扱える人間は少ないものの、その種類は分かれて2つ。
「自分を護る」か「法(他)を護るか」のどちらか2つである。






「あははっ」
(……コイツ……)

 慶司は筒治の右半身目掛けて蹴りを繰り出す。しかし、筋肉が硬直したかのようにその動きは止まる。
 もちろん慶司は攻撃を躊躇したわけではない。
 止まった隙を狙って筒治は隠し持っていた短刀で斬りかかるが慶司は後方へ仰け反り回避した。

「大丈夫か雪!」
「心配ねえ。それよりさっさとその化け物を……」

 繋は横目で慶司を見る。繋と水薙は化け物の吐き出す毒を結界で封じ込めていた。
 今は、化け物も動く気配はないが、本格的に動き始めたらどうなってしまうのか皆目見当もつかない。

「悪ぃな繋。今の今まで調達できた護法符もこれっぽちしかなくてよ」
「……いや」

 邪悪な特性を封じ込める護符——通称「護法符」があるとは思っても見なかった。 
時間稼ぎにしかならないだろうがこれなら護法も使えない水薙にも使えるし、囲んで閉じ込めておくことで毒の流出も防げるからだ。

「都市の事情(俺の事)でお前ら巻き込んで済まなかったな……。醜態も晒した。挙句の果てに首謀者を慶司1人に押し付けて……」
「大丈夫だ、水薙さん」

 申し訳なさそうに呟く水薙に繋はあっけらかんとして笑うと、再び慶司の顔を見た。

「雪は強いから平気さ」





(面倒だな……。直接的な攻撃力はねぇが、物理攻撃……いや、俺の動きを強制的に止められる。だったら)

 慶司は着ていた黒い半纏で体を隠すように被るとそのまま筒治の方へ向かう。
 筒治は考えなしに突き進んできたと思ったのか、馬鹿にするような笑みで再び短刀を構えなおす。
 そして間合いに入った慶司をそのまま刺し殺す気でいるのだろう。

「残念っでしたぁ! 俺の護法はテメェの面(つら)が見られなくても姿かたちさえ見えりゃあ動きを止められるんだよ!!」
「ああ、知ってる」
「は?」

 予想外もしない冷静な慶司に思わず筒治は眉根を寄せる。
 次の瞬間、彼の視界が黒い半纏一色になる。すぐに半纏を振り払い、迎撃しようとするが、間に合うことなく筒治の身体の全体に痛みと衝撃が走る。
 恐らく、慶司に渾身の拳を食らったのだろう。力なく筒治は倒れ込む。

「お前……、一体……!?」
「テメェ、戦闘に特化してねえんだろ。お前の護法は自分を護る「自己防衛型」の護法。それで視界に入った1名の動きをとことん止める「停止」の護法。繋と水薙のおっさんに何も影響が無いのがいい証拠だ……。だがその力は視界を遮られると力を発揮しない」
「んだよ……。全部わかってたのかよ……、卑怯者め。——いや、そりゃあ勝てねえよな。「ヒノクニの最強さん」よ」

 力なく笑う筒治に慶司は心底どうでもよさそうにため息をつく。

「俺はんな大層な称号なんざ柄じゃねえや」

 ふと、何気なく慶司の瞳を見た筒治は一瞬、驚いたように目を見開いた。そして納得したかのように小さくため息をついた。

(炎の様な真っ赤な瞳に、清涼な空色の瞳……。なるほど、真眼(しんがん)か。しかも2つ……。赤は滅死の力を、青は真実を見抜く——か)