複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.25 )
日時: 2020/08/19 19:53
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「……ふむ……。珍しく尿意で朝早く目覚めてしまったから気紛れで城の外に出てしまったが……。やはりあまり人はいないな」

 早朝——わかりやすく言えば午前4時。
 簡易な着物で城下をうろつく浮世離れした仙人、いや、この国の皇帝はそんなことをぼやく。
 眠いような眠くないような。皇帝は帰ろうかどうか悩んでいると子供の声が2つほど聞こえてくる。

「どうしよう……。僕の家もダメだって……。『もしそれが飛び回って小便漏らしたら豆腐が無駄になる!』って言うんだ……」
「えーっ! 瑛太の家がダメならこの兜虫(かぶとむし)行き場をなくしちゃうでやんすよ!!」
「しっ……。声が大きいよ和人!」

 一つ目の、色白の少年「瑛太(えいた)」は色黒で半そで短パンが特徴的な「和人(かずと)」の口を慌てて塞ぐ。
豆腐のように肌が白い瑛太は豆腐屋を営む豆腐小僧の息子。かたや和人は製菓店の小豆洗の一人息子であった。
 皇帝は彼らの手元を見ると小さな籠を持っていた。その中身をよく見ると——漆黒のつやつやとした、頭頂部の立派な角が特徴的な昆虫がそこにいた。

「ほう。それが夏の子供たちの流行り、兜虫か。なかなかに興味深い。さて、これがどうかしたのか?」
「そうでやんすよ! せーっかく昨日森でこの大きい兜虫を捕まえたのに母ちゃんが虫嫌いなせいで飼えなくて、頼みの瑛太の家も飼えないでやんす。もうどうしたらいいのか……」
「か、か、かかかかかかか和人っ!!」

 皇帝の顔を見て真っ青にした瑛太は思い切り和人の顔面を叩く。
 その衝撃と痛さに思わずしゃがみ込む和人。暫くして起き上がった彼は怒りに満ちた形相で瑛太の顔を睨みつけた。

「何するでやんすか瑛太!! 痛いでやんすっ!!」
「前! 見てよ!!」
「ん?」

 瑛太の声に和人は皇帝の顔を見る。
 それで漸く彼の言葉の意味がわかったのか、和人は思わず尻餅をついた。

「し、しししし、真皇様!?」
「うむ。皇帝である」

 子供たち2人の面白い反応に皇帝は大いに満足したようだ。







「それで——。お前たちはその虫を飼いたい。けれど親がそれを許さないとな」
「そうなんです。僕の親も、和人の親も良くも悪くも我が強い人だから。説得するのは難しいんです」
「真皇様何とかならないでやんすか!?」

 どうやら2人はこの行き場の無い兜虫を案じて朝早く相談をしていたようだ。
 和人は縋るように皇帝の顔を見上げる。
 それを窘める様に瑛太は腕を引っ張った。暫くして瑛太は悲しそうに、

「……こうなったらもう仕方ないよ。和人……この兜虫、森に帰そう? このまま放置するのもかわいそうだよ……」
「い、いやでやんすよ! せっかく捕まえたのに!」
「でも……!」

 言い争いになりそうな2人に少し皇帝は考え込んだ。
 暫く、口を閉ざしていたが——……。

「なあお前たち。だったらその虫、我が貰い受けよう。城には全てのものが揃っているし、世話する分には申し分ない。だったら何だ。成葉にでも今どうしているか報告させよう。異論あるか?」
「い、いいでやんすか!?」
「でも迷惑じゃ……」

 子供たちの嬉しそうな返答に皇帝は微笑を湛えながら答えた。

「何、我も個人的に興味あるというだけの話。色を変えたりもっと大きくならないか研究でもしてみようよ」