複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.27 )
日時: 2020/09/03 19:32
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「兜虫、とな……」

 短髪の白髪に厳かな雰囲気、そして素人目線からでもはっきりとわかる只者ではない気配。
 そう、このお方銀星と同じように名前だけ出されていた近衛長(このえちょう)である。
 銀星の上司——もとい、上様を護衛する近衛隊の総責任者、近衛長である。強者と言わんばかりの証拠に鋭い真紅の眼光だけで人を殺せそうだ。いや、できるんですけど。
 ちなみにこのお方、今年で御年99歳である。年齢を感じさせない体術でわたしたちを圧倒させる。
……言わずもがな怒らせると本当に恐ろしいのです。

 近衛長は上様から渡された兜虫の入っている籠をまじまじと見つめる。
 しばらく見つめ合っていると兜虫は何も衝撃が無かったのにもかかわらず、仰向けに転がってしまった。
 まるで降参でもしたかのように。

「申し訳ありません、皇帝よ。儂は今まで人生を戦いに置いてきた故、兜虫の育て方など知りえませぬ。迂闊に触れば殺しかねない」
「うーむ。全員で世話すれば負担も軽くなるだろうと思ってな」
「私、虫駄目なんです! 申し訳ないですが他の当たって下さいまし」

 花緒さんは真っ青な顔でそう言うと、足早に上様のお部屋から出ていった。
 残ったのはわたしと銀星、近衛長そして運の悪い雪ちゃんだ。
雪ちゃんも寝起きで厠に行くところを上様一向に捕まったのだ。
静かになってしまった空間にいたたまれなくなったのか、銀星は「まあまあ」と切り出した。

「でも、兜虫って犬猫みたいに散歩に連れて行かなくてもいいんだし。兜虫の土を入れて、兜虫用の味付きこんにゃくを渡してそのまま様子見て行けばいいんでしょ?」
「馬鹿野郎!!」
「ええっ!?」
 
 寝起きの雪ちゃんは動きが緩慢だ——なのに関わらず、銀星の発言を断として大声で否定した。
 だがその発言には兜虫育成家でもあるこの雪丸成葉も全円的に同意だ。そんな蟻みたいな手入れじゃすまないのだ。いや、蟻知らんけど。
 それよりも兜虫育成家を説明しろって? いやいや、読んで字のごとく、ですよ……。

「今は夏場だ! 兜虫の種類に合った温度で管理して直射日光を避けんのが基本中の基本だろうが!」
「さっき近衛長が威圧で兜虫を転倒させてしまったけれどひっくりかえると立ち上がれないから木材とかも準備しておかないと!」
「飼育する頭数にも気を配らねぇとならねぇ。2頭以上いると喧嘩しちまって弱るからな。できるだけ1頭にしろ」
「そうそう! あと、兜虫を入れる土やオカクズが乾燥したら霧吹きで湿らせないと。もちろん兜虫にもだよ!」
「他にも言うとはあるが今は大体このぐらいだ」

 次々と兜虫情報を吐き出すわたしと雪ちゃんに周囲は何も言えなくなっていた。
 でもこれ基本だよ? 暫く口を閉ざしていた近衛長が、

「——……皇帝。どうでしょう。ここは、この2人に任せてみては。少なくとも我々よりは知識も経験もありそうです」
「そうだな。我も時間あれば面倒見るけど。その時間以外は頼んだぞ」
「はい!!」

 この兜虫を死なせるわけにはいかない。
 雪丸兄妹、夏の大戦争の始まりだ。