複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.29 )
日時: 2020/09/17 21:31
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「雨だ」

 上様住まうお城の屋根を無数に叩くような音が絶え間なく聞こえる。
 ヒノクニでは雨が降ることは滅多になく。かと言って、田畑に影響を及ぼすような頻度の低さでもなく。
 あくまで「晴に比べると少ない」程度なのだ。

 本日は珍しくわたしも仕事が休みで、いつものように急にまた仕事が舞い込んでくる気配もない。
 なので、買い物に行こう。大好きな茶わん蒸しを買いに。濡れてしまうけれど、たまにはいいだろう。
 傘を持ち、外に出ると、

「成。どこか行くのか?」
「繋! うん。久しぶりに茶碗蒸し食べたくてさ」
「茶碗蒸しって言うと……。御縁堂のか。俺も丁度そのあたりに買いたいものがあったんだ。一緒に行ってもいいか?」
「もちろん!」

 こうしてわたしと繋は2つ、傘を差し、雨が降り注ぐ街に向かい歩き出した。






「やっぱりこんな強い雨だもんなぁ。人はあまりいないや」
「そうだな。今週いっぱいは雨だって親父も言っていたし」

 やはりというべきか、いつもなら賑わっている街も今日は疎らであった。
 濡れるのが億劫なのであろう。
 歩き出して暫くしても、通りすがった人間は5人ぐらいなものだった。
 それでも何気ない、街の風景。どの通りすがりの塵箱から唸るような声が聞こえた。

「う、うううううう〜……。此処はいずこか……。城はどこなのだ……」

 洗濯物のように、塵箱の縁に干してある——、大きさは子供ぐらいだろうか。まあ、そのの物体がそこにいた。
 そいつはわたしたちの気配を悟ったのか、勢いよく起き上がった。
 見た目はわたしたちのような普通の人間、そして背中にある鳥の様な真っ白な羽が特徴的な異形であった。見た目だけで言えば女の子の様な。

「おい、そこの人間たち。この国の皇帝が住んでいる城はどこだ」

 口が結構悪いな。理由はともあれ「あそこです」なんて簡単に言えはしない。
 この異形の体躯からはあまり想像できないが、万が一刺客とも限らないからだ。

「悪いけど、見ず知らずの奴に教えられない。それに、出雲に住んでいる住民だったら入れないしろ、場所ぐらいはわかるはず」
「……知らぬ」
「もしかしてお前、『鵜宮(うのみや)』か?」

 思い当たることがあるように、じっと繋はそいつを見て呟いた。
 鵜宮って……。出雲の森深く、その更に深くにあるといわれている湖——通称森の海を常に守っている精霊のこと?
 滅多に森から出ないとされている鵜宮がなぜこんな街のど真ん中に……。

「……左様。男。私は鵜宮の明松(かがり)。本来ならばこのような俗世じみた場所に等、来ようとは思わなかったが——最早そんなこと言ってはいられぬ。救っていただきたいのだ。皇帝の皇妃、『玉露(ぎょくろ)』様に」

 その瞬間、わたしの心臓が一瞬止まったような気がした。