複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.30 )
日時: 2020/09/22 21:13
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「玉露——……、いや、皇妃様に……?」
「ああ。あのお方には以前、森を救っていただいたことがあるのだ。だから今回もお話しだけでもと——」
「我が母玉露は数年前に亡くなった」

 懐かしそうに話す明松を一刀両断するように、繋は強く言い放った。きっと、此処で誤魔化しても意味が無いと思ったからだろう。
 その瞬間、今まで強気で気丈な態度で話していた明松の大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れだす。

「嘘だ! 嘘だ、あのお方が死ぬはずないだろうこの嘘吐き! 第一、あのお方に子供がいるなどと聞いてはいない! 年齢を換算したとしてもだ! 人間でもまだ生きている歳じゃないか! 田舎者だと馬鹿にするな!」
「……本当だよ……。数年前、この出雲で酷い事件があった。その時に、亡くなられた」

 嗚呼、言いたくない。どうしても弱くて情けない昔を思い出す。特に、玉露様が亡くなられたあの日は。どうしても。
 わたしの言葉がダメ押しになったのか、明松は涙が止まらないながらも少しずつ理解してきたのか怒鳴ることを止めていた。

「……済まない……。森の奥にいるとどうしても世間との情報に誤差が生まれてしまうのだ……。情けない姿を見せた……。でも、でも……。玉露様が……亡くなってしまったなんて。どうしていつもいつも……ただでさえすぐに消えてしまう人間が、それも優しい人間はすぐに死んでしまうのかなぁ……」
「……それは」

 ぼやくような、諦めたかのような。悲し気に俯く彼女に、わたしと繋は何も言い返せる言葉は無かった。
 きっと、玉露様は上様と結婚する前、各地を旅していたと言っていたから。その道中で玉露様は明松達の大切な森の海を救ったのだろう。
 しくしくと泣き続けていた明松だったが、乱暴に着物の裾で涙をぬぐうと、翼を広げ、

「悪かった。もう玉露様がいない今、もうこの街には用はない。……これも天からの忠言かもしれぬな。己らの問題は己らで解決せよと」
「待って! 確かに玉露様はもういないけど事情によってはわたしたち明松たちを助けられるかもしれない! わたしたちこれでも——」
「ありがとう。けど、いいんだ。……これ以上死者を出したくないんだ。さらば!」

 そう言って羽ばたかせる音を響かせながら彼女はその場から飛び去って行った。
 その姿をわたしたちは黙って見送った。
 死者、って言ったよねさっき……。

「……よかったのかな。あのまま見送って」
「確かに正直、気になりはするけどな。するんだが……あの森は俺達には入れない」
「……? どうして?」
「それは……」






「佐々良(ささら)! ……貴様ぁ! よくも仲間を!!」
「あ? うるせぇな、仕事だよ仕事」

 場所は変わって、鵜宮住まう森の海。緑と青が共存している神秘的な湖には似合わぬ赤が当たりを塗りなおしていた。
 その赤は——血。鵜宮たちの死体からとめどなく溢れ出す血液。
 死体の中央には簡易な服装の——切れ長の底知れぬような瞳に、顔の傷が特徴的な背丈のある偉丈夫が目の前の鵜宮を嗤いながら立っている。

「ああああああああああああああっ!!」

 怒り狂った鵜宮の1人が男に刀で斬りかかる。しかし、それを自らが持っていた短刀で軽く受け止めるとそのまま流れるような身軽な動作で鵜宮を斬り捨てた。
 鵜宮は倒れると、もう二度と起き上がることは無かった。
 その男の圧倒的な戦闘能力に鵜宮は震えながら、

「お、お前……どうやってこの森に……! この湖は僕たち鵜宮か悪意の無い異形しか入れないはずだ! なのに、人間が、『護法の力』がある人間がどうしてここへ辿り着いたんだ!」

 その問いに、少し面食らった男は一瞬目を丸くしたが、再び口元に弧を描く。
 肩を鳴らしながら一歩ずつ歩き出し、

「それはお前らのいう『護法を使える人間、護法を生まれつき持ってる奴ら』の話だろうが。けどな。俺は護法なんざもっていねえ。そこらへんにいるようなガキでも、誰でも生まれた時から潜在的に持ってる微小な護法ですら俺にはねえ」

 男は腰元の刀を鞘から抜く。そして「だから」と言葉をつづけた。

「何の力でこの湖隠してるかは知らねえが俺にしたら筒抜けってわけだ。頂くぜ、『憂いの王冠』」

 容赦なく、男は鵜宮の胸元に刀を突き刺した。
 鵜宮は恨みがこもった視線で彼を見上げる。

「まさか……お前、暗殺者の……! 蕪世(かぶせ)か……!!」
「へぇ、こんな情報がなさそうな辺鄙な場所でも俺の名ぐらいは知ってるってか。しばらく活動してなかったのにな。でもまあこれ以上おしゃべりする気はねぇ。じゃあな」

 男——蕪世は鵜宮の頭を踏み砕く。
 蕪世は湖の中へ飛び込むと、そのまま沈んでいった。