複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.31 )
- 日時: 2020/09/28 19:01
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
「う~ん……」
「どうしたの? 成葉。唸ってても書類は終わらないよ!」
次の日のお昼時間。いつものように山積みになった書類を端においてわたしは唸っていた。そうなっている原因はやはり昨日の事。どうしても何か引っかかるような……。
そんなわたしをおかずにするように、銀星はおにぎりを頬張りながら満面の笑みで刃物のような一言を言い放った。
そうだけど、そうだけど!
「昨日の事だろ? 成」
「繋?」
こんなわたしを見兼ねたのか、繋は苦笑しながらわたしの机に歩み寄る。
もちろん銀星は昨日のことなど知らない。わたしと繋を交互に見ながら首を傾げた。
そして、わたしの肩を人差し指でつんつん突いた。
痛い。
こいつ、可愛い顔して筋肉無駄についてるから突く程度でも痛いんだよ……。針刺されてるみたい。
「ねえねえ、昨日の事ってどういうこと? 何かあった?」
「ああ、実はな……」
※
「そっかー。そうだったんですね。確かに気になりはしますが」
繋から事情を聞いた銀星は満足そうに笑う。
「鵜宮は謎が多いんだ。出会った人も少ないというし……。昨日出てきたことはよっぽどのことだったんだろう。唯一、俺が知ってることと言えば『憂いの王冠』のことぐらいだな……」
「憂いの王冠?」
「お宝ですよ。鵜宮の家宝みたいなものです。かつて……千年ぐらい前に神から授けられたものだと言われています。僕は皇帝から聞いただけだけど……」
繋の言葉に疑問を浮かべるわたしにぼそっと銀星は耳打ちした。
わたしお宝には興味ないしなぁ。花緒さんなら好きそうだけど。
「そうだ。憂いの王冠は森の海――つまり、湖の奥底に沈むとされていてな。年に一回、つまり人間でいう彼岸の日に湖の水が無くなり、『憂いの王冠』が起きる。そして、森の穢れを浄化するとも言われているんだ」
「いいね。除湿器みたい」
「品が無いね成葉は……」
わたしの言葉に銀星は苦笑する。
続けて繋もふっ、と微笑むと続けて、
「でもこれは重要な物なんだよ。自然は命の源。穢れが進めば生き物や、俺達人間だって生きていくことがままならなくなる。綺麗な水やそれを糧に生きている猪や鳥も食べられなくなるしな。だからそれを護る鵜宮は神聖な存在なんだ」
「さっすが繋……。何でも知ってるね」
わたしがそういうと、少し繋は恥ずかしそうに後頭部をかいた。
「……実はな、ガキだったころ絵本に鵜宮の物語があってな。謎が多くて気高い存在に少しだけ憧れて色々調べたりしてた時期があったんだよ」
「へえ~。意外ですね!」
屈託のない笑みでにこにこ笑う銀星にますます気まずそうに顔を背けている繋。
言わなきゃよかったのに……。銀星絶対年末の忘年会あたりで漏らすよ。
そう、何でもないことを考えていた瞬間だった。
がん、と鈍く大きな音を立てながら窓を伝って何かが落ちてきていた。
「えっ」
幸い、わたしたちのいた窓は洗濯物を干すための足場と場所があるため、そのまま地面に直撃とはならなかったが――けれど、窓にはかなりの血が付着していてただ事ではないのはわたしたちはすぐさま把握した。
繋が勢いよく窓を開けると、そこには昨日であった鵜宮の明松が息を浅く吐きながら地に伏していた。
「か、明松!?」
「す、すまぬ、人の子よ……。昨日、もうここへは来ないと言ったものの……。頼む、助けてくれ……!! このままでは我らどころか森が……死んでしまう……!」
必死の形相で、明松は血塗れの手でわたしの服を掴む。
そう言いながら、ガクン、と体から力を失った。