複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.32 )
日時: 2020/10/05 18:51
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「何があった。申せ」

 明松の傷口から出る血を止め、医務室の寝台に寝かせるとすぐさま上様がやってきた。
 正直言うと驚いた。上様は基本的に玉座で執務を行っていて――しかも凄むような圧のある雰囲気を出していた。
 丁度、医務室にいたのはわたしだけだった。
 先程まで治療していたのは繋と花緒さんだけだったが、一段落するとわたしが監視という体で交代となったのだ。ついでに銀星は近衛隊としての職務に戻っていった。

「…………」

 ちらりと横目で明松を見るが目を覚ます気配は一向にない。

「実は」

 これで伝わるかどうかは分からないが、わたしは昨日と先程の事をできるだけ詳細に上様に話した。
 粗方話し終えると上様は神妙な面持ちを崩さないまま、

「森が枯れた」

 ただ一言、そう言った。
 森が枯れたって……。話の流れからすると鵜宮の森!? 何で……。

「今朝時点で森の海の傍にいた鵜宮は皆殺しにされた。目的は底に沈む憂いの王冠だろう。その証拠に奪われていた。その時いなかった鵜宮も少数いたらしいが行方知れずだ」
「何っ……で!? どうしてですか、王冠が無くなったからって何で森が枯れて……」
「憂いの王冠は神からの贈り物。かつての神に何百年以上も前に授けられ、森と共にあった。いわば一心同体だ。今まで森に根付いていたものが一瞬で無くなったら対処しきれずに破滅する」

 わたしの問いに上様は淡々と受け答える。
 どかっと空いている椅子に座り込んだ上様はじっとわたしの顔を見る。

「先程慶司たち廻航隊を森へと向かわせた。だからお主は……」
「わたしも行かせてください」
「……ほう」

 わたしの発言に上様は目を細くした。品定めしているかのような眼差しだった。

「枳殻のような非常事態ではない。正直言ってもう何が原因かはもうわかり切っている。粗方、帝国にでも雇われた殺し屋だのそう言った賊が今回の蛮行をした。だから慶司たちを向かわせた。処理するために」
「憂いの王冠はどうなさるのですか? 生き残った鵜宮は?」
「憂いの王冠は賊を始末した後だ。鵜宮たちは事が終わり次第処遇を考える」

 合理的な上様らしい考えだ――……、確かに、それでいいと思うしまだまともな情報が無い今、そうせざるを得ない。
 けど、けれど――……今回ばかりはわたしが考える前に動くべきだった。昨日、無理にでも明松達の事情を聞いていたら――……。

「気を落とすな。お主の所為ではない」
「いや、その……」
「今回の事と玉露のことは関係ない」

 見透かされた、気がした。
 何時もならいつも通りの仕事をする。けれど、昨日明松が皇妃様の話をしたためか胸がざわつく。
 わたしは皇妃様を見殺しにした――あの日と同じになってしまう気がして。

「我は忘れん。あの日のことも――お前のことも。……いや、今回は自由に動くがいい。それが成葉にとって幸先だろうよ」
「……そうします。ありがとう上様!」

 わたしは両頬をぴしゃりと叩くと、医務室の窓を勢いよく開けた。
 そしてそのまま窓枠を飛び越えた。
 行先は勿論森へ。少しでも、行方不明になった鵜宮の手がかりへ探りに。
 少しでも、皇妃様が救ったものを護ってあげたい。それがわたしの少しでも罪滅ぼし。