複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.34 )
日時: 2020/10/20 19:53
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「裂けろ」
「わわっ」

 男は鬼気迫る表情を変えることなく――、わたしに攻撃し続ける。
 手をこちらに向けると「見えない斬撃」がわたしの左右を襲う。何とか風圧でしゃがみ込みながら避けたが、避けきれなかったら両腕がなくなっていただろう。
 ていうか殺傷能力高すぎない!?
 動き続けるわたしと動かずに攻撃を加える男。
 どっちが不利で有利だなんてすぐにわかる。だったらわたしがやることはまず……。

「いつまでも高みの見物気取ってるんじゃなーいっ!!」
「……!」

 めきめきめき、と男が立っている木から嫌な音が聞こえる。
 それもそのはず。わたし、奴の木を引き抜こうとしてますから。
 男の顔が少し驚きに変わった。その瞬間、その場所から飛んで、地面に着地しようとしていた。
 まあ、そうくるよね。だからわたしは。

「ふっとべっ!!」

 着地するまでの時間――つまり、男が空中にいる無防備な瞬間を狙って、根っこまで引き抜いた木をそのまま投げつけた。
 わたしの目論見が珍しく成功した。勢いよく投げ出された木に直撃した男はかなりの距離をぶっとばされた。
 
「……まだ意識は途切れてない」

 急いで男の元に駆け寄る。男は、埃まみれ土まみれになりながらも意識は保っていた。
 それどころかー―、こちらを射殺さんばかりに睨み付けている。
 わたしは何とか棒を頭上に突き付ける――、はやく男の意識を削がなければ時間を稼がれてしまう。こいつの護法も何なのか把握できていないのだ。

「降伏して。悪いようにはしない」
「それはお前らの都合だろ。俺には関係ないね」

 な、生意気~~っ。
 でもわたしは社会人としてぐっと堪える。堪えろ……。
 眉根を寄せそうになるのを我慢しながらわたしは、何とか棒を男の頭上へ振り下ろす。
 はやく戦闘不能にしないと。

「じゃあ、気絶してもらう」
「まだ死ぬわけにはいかないんだよ」

 わたしが何とか棒を叩き付けた衝撃で地面が砕ける。
 しかし、男は紙一重で避けたため気絶はしなかった。いや、まだ動けるんかい我ぇ!
 迎撃しないと。そう思った矢先、男は言ったのだ。

「――玉露がいなければ」
「……え」
「あの頭の悪い女さえいなければこんな回りくどいことをしなくて済んだ。枳殻なんぞ行かなくて済んだ。俺も余計な手間を省けなくて済んだ」
「何を言ってる」

 こいつ、枳殻って言った? まさか、こいつは、雪ちゃんが言っていた――……。

「お前、燠か」

 そう言った瞬間、男――、いや、燠はわざとらしい程口角を上げて不気味に笑った。
 じりじりと一歩一歩わたしに歩み寄る。
 燠の方が重症な筈なのに、わたしが追い込まれている気がする。

「お前皇帝の犬なのに知らないのか? その時ガキだった俺でも知ってるぞ。あの玉露(おんな)、『もう助からない』海の森を助けるために自分の寿命を削ったんだよ。笑えるよな。死んだ人間に自分の心臓差し出してるようなもんだ。鵜宮どもはそんな馬鹿女に感謝してるがやったことはその場しのぎ。俺らが来ようが来るまいがこんな場所とっくに死んでるんだよ」
「だから本当にこの森が死ぬ前に鵜宮の『憂いの王冠』だけを奪ったの?」

信じるな、そんな話。第一、そんな話知らない。聞いていない。思考を乱すな。
今は此奴を戦闘不能にすることだけ考える! 
そうしているうちに、わたしと燠の顔の距離が目と鼻の先になる。

「ああ。それを帝国に引き渡す。それであの高慢な皇帝が殺し尽くした神を復活させる足掛かりにさせる。だからお前に邪魔はさせない。あの玉露(馬鹿女)のようにな」

 そう言い放った燠の腹部に重い衝撃が走る。
 先程の木の直撃とは比べ物にならない衝撃、痛み。それを証明するかのように口から勢いよく血が溢れ出る。
 今の燠にそんなことができるのは1人――目の前の成葉しかいない。腹部を、殴打された。

「おい」

 鈍い動作で燠は目の前の顔を見る。
 前の前の生命体は先程の様な少女らしい瞳をしていない。
 只々殺す。それだけしかなかった。

「もう一回言ってみろよ、ぶっ潰すぞ?」