複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.35 )
- 日時: 2020/10/30 21:03
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
(こいつ、こいつっ……! こいつ……っ!!)
燠は腹部を抑えながら、成葉から距離を取る。
距離を取った、はずだった。
「遅い」
いつの間にか彼女は目の前にいて。
感情を感じさせない表情を浮かべたまま、右足で燠の左側頭部に蹴りを入れた。
燠も腕で防御したがみしみし、と骨が嫌な音を響かせた。それだけではない。
蹴りの衝撃に耐え切れずに燠は吹き飛ばされてしまう。
(こいつ! 動きに無駄が無くなっただけじゃない! 護法を使った気配もない! そうか、こいつ只々『怪力』なんだ!)
「お前の護法」
倒れてなお、即座に立ち上がる燠。
成葉は素早い動作で彼に指を差して短く言い放った。
「順序や理論は知らんけど。見えない刃はお前が動きを止めている間でしか発動できない。だからわたしに殴られても見えない刃じゃなくて自分で防御せざるを得なかった――。距離を取るのもそういうことか」
「それで? だから何だよお前の思考回路は30点だな」
燠は抑えていた腹部から手を放す。
そしてお互い見合う。成葉は何とか棒を構え、燠は空中に手を翳す。
どちらが先に動くかで大きく有利が動く。お互いそう理解した。
じり、とお互いに一歩を踏み出す。
「終わるのは……お前だっ!!」
同時だった。
成葉と燠が同時に動いた、その瞬間だった。
大きく響く、爆発音。ここから遠いところのようだが、その威力は絶大なようで――それを証拠づける様に自身の様な揺れが足元を崩す。
「何だ……!?」
「……ちっ。思ったより早かったな」
至極機嫌の悪そうな顔で舌打ちをすると燠は、先ほどまでの攻撃態勢を解き、身軽な動作で成葉の頭上の木に飛び移り、そのまま去って言った。
成葉はそんな燠の背中を睨み付ける。
「この卑怯者! 止まりやがれ!! 玉露様を罵ったこと死ぬまで後悔させてやる!!」
「悪いがそんな暇ないね」
「お前!!」
ばっさりと、斬り捨てるような返答に成葉は怒りで顔を真っ赤にした。
何とか棒を投げつけようと構えたのだが――再び先程の爆発音が響いた。
「……ああ、もう! さっきから何! でも今の最優先は燠じゃない、燠じゃない……」
ふうーっと、落ち着かせようと一息ついて一気に吐き出す。
そしてそのまま爆発音の場所へと走り出した。
※
「雪ちゃん!」
「クソガキ。事情は後だ。さっさと生き残りの鵜宮どもを病院に運べ!」
「は、はい!」
爆発音の原因の場所――と思われたその場所は野営地のような場所になっていて。
成葉の気配を察した雪ちゃんはわたしの顔も見ることなく、怒号の様な指示を飛ばす。
そのぐらい切羽詰まった状況だった――一目見れば。
全角度から見ても、重症な鵜宮たち。ざっと見て20人ぐらいだろうか。
頭から血を流し、びくびくと痙攣している者や背中を深く斬りつけられ死んだのかと思うほど動く気配の無い者――……上げればきりがない。
あまりこういった治療行為をすることのない雪ちゃんですら倒れている鵜宮の流血を抑えることで精いっぱいのようだった。
「こっちだ、成!」
「……繋! 今運ぶから」
背中に1人、両脇に2人ほど抱え込む。繋が黒い乗り物――、只今絶賛試作中の「車」から大きく手を振る。
急いで乗り込むと、優しく連れ込んだ3人を寝かせる。わたしは繋の隣の席――助手席に座り込む。
「……鵜宮は全員で150人いた。でも、いま生きている人数は23人しかいない。昨日の鵜宮を含めてな」
「…………っ」
苦々しく、繋は車を走らせながらそう言った。
何となくわかっていた、気が付いていた。
けれど150人中23人しか生きていないだなんて――……!
「そして、俺達は少しだけ鵜宮殺しの犯人と戦った」
その一言にわたしの背筋が凍る。
思わず繋の顔を見るが、その表情は冷徹な物だった。