複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.36 )
日時: 2020/11/07 18:58
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「てめぇ」
「あ? 何だよ男かよ。見渡す限り男と草だらけ。さっさと退散して報酬を受け取りてぇんだが」

 慶司と繋が森に入ってからそう時間は経っていなかった。
 幻想的に言えば運命とでも言いたげなほど――簡単に男たちは邂逅した。
 方や挑発的で刹那的な笑みを浮かべる男。方や凄まじいほどの怒りを隠さない慶司。
 目と目が合った瞬間、戦闘が始まった。
――いや、最早2人に話し合いの余地などなかったのだ。お互いに本能で相容れないと理解した。よって殺す。それだけだ。

「……こんなんじゃ生きてる奴より死んでる奴を数えた方が早いじゃねぇか畜生……っ」

 繋は戦う2人を視界に入れつつ、地に伏している鵜宮の生死を確認していたのだが――その殆どはもう息をしていなかった。
 それでも繋は諦めずに生存者を探す。見渡すと小柄な鵜宮――子供だろうか。怪我をしているものの、息があった。

「もう、大丈夫だぞ」

 意識が混濁している鵜宮の子供にそう言い聞かせると。すると、怪我をしているとは思えないほど、強い力で繋の腕をつかむ。
 そしてか細い声で繋に、

「憂い、の……おう、かん。返して……。森、が……。死んじゃう……。ぼくた、ちを……殺さないで……」
「おい!」

 そう言うと、子供は目を閉じた。本格的に意識を失ってしまったようだ。
 子供の発言は繋に向けられたものではなかった。その視線は慶司と戦っている男に向けられていたように感じた。
 その一瞬で、繋は理解した。慶司に向かって叫ぶ。

「雪! 恐らくそいつが鵜宮殺しの張本人だ! 問題の王冠もそいつが持ってる。何としてでも此奴から憂いの王冠を回収する!」
「あ? バレんのはや……。ああ、生き残りがいたか。俺もやっぱ鈍ったな。昔ほどの勘はまだ戻んねぇか。まあ、いいや。まだ時間はあるしな」

 男は面倒くさそうな表情を浮かべるが、次の瞬間には好戦的な表情へと戻り――、今度は繋の方へ刀を向け、襲い掛かる。 
 すぐさま、慶司が目の前に立ちはだかり刀を上空へ蹴飛ばす。

「俺を無視するたぁいい度胸じゃねぇか」
「誰だっけお前……。男には興味ねえんだが」
「男だ女だうるせぇ野郎だな。ふざけてんのか?」

 慶司の回し蹴りが男の側頭部へと向かう。
 しかし、男は見切っていたかのように腕で受け止める。

「さっきから攻撃が通らねえと思ったらお前あれか。真眼持ちか。然も両目」
「そんなことどうでもいい。とっとと憂いの王冠を返しやがれ」
「返せばいいのかよ」
「馬鹿言うな。テメェもしょっ引くに決まってる」

 空気を斬る音が聞こえる。
 お互いの拳が正面から激突し合う。
 そんな状況に男は不気味に笑うと、

「お前、授かりすぎんのな」
「ああ?」

 脈絡を得ない男の言葉に慶司は反射的に額に青筋を浮かべる。
 そんな慶司のことなど露知らず、男は懐から黒い円型の筒を取り出した。大きさは水筒と同じぐらいだろうか。
 その形状に繋は咄嗟に、

「雪!! 防御!!」

 次の瞬間、辺りは爆発音に包まれた。
 暫くの間火薬のにおいと白い煙が立っていたが、視界が晴れるとそこにはもう先程の男はいなかった。
 恐らく逃走したのだろう。発言から察するに男の目的は憂いの王冠。鵜宮殺しはそのついで。目的を達成した今、誰かと戦う必要はない。

「あの野郎……! とことん舐め腐ってやがる。玩具みてぇな爆弾ぶつけてきやがった」
「……ああ。でも、良くも悪くもこれ以上被害が出なくてよかった。生きている鵜宮が少しいるんだ。応急処置をして病院に運ぼう」
「……くそっ」

 慶司の真眼は真実を見抜く。それを応用した形で、爆弾の急所――つまり、逃げ道を「視た」ことによって爆風による被害は無かった。
 しかし、実際の爆発はちゃちなもので。少し地面が抉れたぐらいで慶司の言葉通り爆弾としては玩具のようなもの。
 馬鹿にされたと察した慶司の眉間には深くしわが刻まれていて――繋は子供を抱きかかえながら、一言だけそう言った。