複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.37 )
日時: 2020/11/15 19:08
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「わたしももう1人と戦った。同い年ぐらいの男の子だったよ」
「……! そうか……」

 あれから、病院に生き残った鵜宮を担ぎ込んだ。そこからはもうお医者さんや看護師さんの領域だ。正直わたしたちにはもうやるべきことはない。
 病院の待合室で、わたしはそれだけ繋に伝えた。
 それから――……これからどうするのかも。わたしがやっていいことは生き残っている鵜宮を捜索の後、保護すること。
 海の森を荒らした犯人たちの捕縛は上様と――雪ちゃんたちの領域だ。わたしが勝手に手を出していい領分ではない。それは最悪、上様の意向を損なうことだ。

「ねえ繋。玉露様のことどこまで知ってる?」
「そりゃあ母親だからな。大体わかってるつもりだが――……。どうしたんだ? 急に」
「そいつさ、玉露様の事『邪魔な馬鹿女』だって言ったんだ」

 わたしの言葉に繋は息をのんだ。わたしの口調が少し攻撃的になったのもあったのだろう。
 繋にとっては思いがけない言葉だ。

「それにもう海の森はもう終わっているって。玉露様はもう死に行くもののために、自分の寿命を差し出したって。上様はこのことを知っていたの? それに玉露様だって何だってそんな……、いや、本当の事かどうかはわからないけど」
「…………」

 わたしの言葉に繋は黙り込む。そしてそのまま背中を向けて病院の外へ歩き出す。
 慌てて繋の背中に呼びかける。

「繋」
「……なあ、成。昔、お袋が少しだけ呟いていたことがあった。ガキの頃だったから御伽噺の様なものだと思ってた。直に親父に召集を掛けられるだろうが、まだ少し時間があるだろ。少し付き合ってくれねぇか」
「え」






 言われるまま、わたしは繋に着いていった。行先は、いつもの居城――つまり、繋の部屋だった。相変わらずきれいに整理整頓がされていて――広い部屋に何台もの本棚に難しそうな本がいくつも並んでいた。
 正直、こんな悠長なことをしていていいものかと一瞬思ったが、当の本人――つまり繋は何やらごそごそと本棚から探していた。
 しばらくして、探し物が見つかったらしく、それをわたしに見せた。

「写真……?」

 白黒の、写真だった。そこに映っていたのは相変わらず美しい玉露様と――彼女に抱かれているまだ赤ん坊の繋。そして、隣にいるのは老年の女性だ。その女性には明松と同じような翼があり――つまり、鵜宮だろう。

「これ……昔の写真?」
「いや。見せたいのはそこじゃない。裏を見てくれ」
「裏?」

 繋の言う通り写真の裏を捲る。
 そこには、綺麗な文字が綴られていた。いや、注目すべき点はそこじゃない。書かれていた内容は、

『親愛なる玉露。愛しき玉露。ごめんなさい。哀れで見栄っ張りな私をどうか許して。この森は、この海はもう終わってしまうけれど。私はどうしても王冠をあるべき場所に返したいのです。もう死んでしまう優しき神に――女神に王冠を返して穏やかな眠りにつかせてあげたいのです』

 そう、書かれていた。書いた本人の名前は摩擦でもう見えなくなっていたが――。気になるところはそこじゃない。当時の鵜宮は知っていた。森が終わっていることを。
 王冠を女神に返したいと――……。

「成の言葉を聞いて思い出した。昔、お袋が少しだけ話してた。『約束した』と。もう終わったことだと思って今まで忘れてた。けど、まだ終わっていなかったんだ。お袋も――、きっと、それを書いた張本人も死んでしまっただろうがまだ約束は続いてるんだ」