複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.38 )
- 日時: 2020/11/24 20:49
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
「だとしてももう王冠は奴らの手の中だ。約束どころじゃねぇぞ」
「雪ちゃん! もう戻ったの?」
背後から聞こえる声。それは我が兄、雪ちゃんによるものだった。
わたしの問いに雪ちゃんは「こっちも一段落着いたからな。事件の方はこれからだがよ」といつものぶっきらぼうな口調で答える。
そんな雪ちゃんに苦笑した繋は、
「よく俺達が此処だってわかったな……。その様子だとさっきの話最初から最後まで聞いたな?」
「お前らがこそこそしてるから尾行(ついて)ったんだよ。玉露が一枚噛んでんのか? 一体全体どういうことだ」
「様を付けろ兄!」
何でいつも雪ちゃんは玉露様の事呼び捨てにするのかしらね!? この国の皇妃様ぞ!? 我々の恩人だぞ!? 玉露様に限らず年上にも基本敬語使わないからこの兄は近衛長のことでさえ「爺」呼ばわりだ。やめてよね!
おっと。脱線しそうになった。言いたいことは山ほどあるが今回は大事なことを話そう。
なので、わたしと繋はお互いを補足するように雪ちゃんに話した。
かつて海の森を玉露様が自らの寿命を削ってまで救ったこと。けれど、それはあくまで一時的なものに過ぎず、いつかは滅びてしまうこと。
鵜宮殺しの犯人とは別にいた――「燠」の存在。そして燠は憂いの王冠を元に、上様が滅ぼしつくした神を再び降臨させること。
「――寿命云々の下りってのは、お上は……」
「絶対に知らない。知っていたら海の森ごと、焼き尽くしていると思う」
ぼそっと雪ちゃんの問いにわたしは即答する。そんなわたしに同調するように繋は小さく頷いた。
「皆様。ここにいましたか」
こんこん、と部屋の壁を小さく打ち付ける音とともに、花緒さんがこちらに呼びかける。
いつもの明るい笑みではなく、どこか神妙な表情をしていた。
「花緒。もう親父……じゃなくて、皇帝の呼び出しが?」
「いいえ。呼び出しはありません。先程、皇帝が結論を出しました。私たちはそれを各地に伝え回っています」
花緒さんは静かに首を振る。
呼び出しが無い? 上様が? こんなこと滅多にない。最低でも近衛長の意見を仰ぐはずなのに。
考え込むわたしを放っておいて、花緒さんは言葉を続ける。
「海の森を本格的に廃棄するようにと。現在まだ憂いの王冠の力が森に定着している間に焼却或いは消す様にとのことです」
「あ?」
花緒さんの言葉に雪ちゃんはわかりやすいほど眉間に皴を寄せた。
彼女もこの言葉の意味は嫌というほどわかっている。だから雪ちゃんから視線を背けることしかできなかった。
けど、それよりもするべきことがあるのではないか?
「待って花緒さん! 森を廃棄する前にまず――!」
「ふざけるのもいい加減にしろ! そんなこと我々が許すとでも思ったのか!?」
わたしが言い終える前に女性の怒号が大きく響き渡った。
それはわたしでも、雪ちゃんでも、繋でも、花緒さんの声でもない。でも、聞き覚えのあるものだった。
思わず繋の部屋から出ると、その声の主は目と鼻の先――つまり、廊下にいて衛士たちに取り押さえられていた。
「明松!?」
「ふざけるな、ふざけるな! 皇帝を出せ! あの森は我々の住処だ! それを燃やし、絶やすなど一体どういう了見だ!! 我らに死ねというのか、これ以上!!」
押さえつけられ、体を地に伏せさせられていても明松の表情は怒り一色に染まっていた。