複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.39 )
- 日時: 2020/12/02 20:46
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
「明松……」
獣のように叫ぶ明松にわたしは思わず言葉を失った。
わたしとて、このような暴挙はしたくない。したくはないのだが――……。
この手の話題で上様を納得させるには骨が折れる。まずは上様に会うしかないのだが……。
「そうだ」
どくん、とわたしの心臓が大きくなった。
その声の主は現在進行中で話題に上がっている上様張本人で。
後方左右に近衛長と銀星を立たせ、明松を見下ろす。その瞳は氷のように冷たいものだった。
「報告は受けている。森はもう浄化装置としての機能を果たしてはいない。このまま放置すれば市勢にも害が出よう。よって――一度焼却し、我が新たに創り直す。無論、そなたらの居場所は与えよう。何をそこまで喚く必要がある」
「違う! 私達は代々あの神聖な森を受け継いできた! そんな簡単に壊して創り直して終わるものではないんだ!」
「それこそ森(病原)を放置し、すべての民に死ねというのか?」
反抗を許さないような上様の言葉に、明松はぐ、と言葉を失った。
確かに、状況が状況だ。いつ国民にも自然の驚異が襲い掛かるかわからない――だったら早い話だと森を廃棄した方がいい……。
自然を守り、繁栄をもたらした憂いの王冠の消失はこんな形でその大切さを味わらせられた。
明松は、静かに涙を流す。
「私たちの……大切な物なんだ……。ずっと、ずっとそばにあったんだ……。森を廃棄したら、それこそ他の鵜宮が死んで護った意味が無いじゃないか……」
「なあお上」
重い空気。重い雰囲気。
そんな状況を壊すかのように雪ちゃんが「新聞とってくれ」みたいなニュアンスで声を上げた。
思わずみんな雪ちゃんの顔を見る。我が兄は何だか阿呆みたいな顔をしていた。
「お上も大体勘付いてるから言うけどよ、あの森どっちにしろ終わるんだわ。憂いの王冠も賞味期限切れでよ」
「ちょっと雪ちゃん! 何言ってんの明松に追い打ちかける気か!?」
突拍子の無い雪ちゃんにわたしは顔面を叩くように口を慌て抑える。
しばらく兄妹の取っ組み合いが始まったがわたしの拘束を抜けた雪ちゃんはわたしに卍固めを繰り出しながら、
「で、だ。俺が思ったのは憂いの王冠の中身は神々共が護法の力をありったけ込めた動力みたいなもんじゃねえか? お上」
「そうであろうな。だが神は我が滅ぼしつくした」
「そうか……!」
雪ちゃんの言葉に繋がはっとしたような表情を浮かべた。
そして上様の顔を見る。
「憂いの王冠を取り戻して親父に護法の力を込めればまた森が循環する可能性がある……」
「可能性の話は不要だ。事実と確実を述べよ。その話だけでは結論を変える気などないと知れ」
動じず、冷たく上様は言い放つ。
神仙として、皇帝として上様は非情な判断をする。だったら、わたしがするべきことは……。
「上様」
「何だ」
「森を焼却すること。非常に合理的かつ確実なご判断です。しかし、準備にも、人手にも時間はかかりましょう。その『準備までの時間』をお聞かせ願えますでしょうか?」
「な、成葉が頭良く見える……」
「黙れ」
跪いて、上様に問う。
その上様の後ろで銀星でこの世の終わりの様な顔をしてわたしを見ている。窘める様に無表情で近衛長が拳骨を喰らわせる。
ありがとう近衛長。そして銀星お前も巻き添えにするからな。
「明日の早朝。消却を行う」
「それまでに我々一同、憂いの王冠を取り戻します。そうしたら上様のお力を込めては頂けないでしょうか? 一度わたしたちは敵の顔を覚えています。索敵には問題ありません」
「それでだめだったら思い切って燃やし尽くしてくれ。森を盛大にな」
最後の言葉は余計だよ雪ちゃん……。でも、わたしの提案がダメだったらもうそうなるんだけど。
あとは、上様次第……。
「皇帝」
上様が口を開こうとした瞬間、近衛長が口を開く。
「この者たちの意見は曖昧で確実性はありませぬ。しかし、消却は明日の早朝。虎奴らの行おうとしている時刻は今日中。もし、それが叶えばこちらとて利になりまする」
「…………」
厳かな口調の近衛長に上様は目を伏せる。
そして――……。
「その提案。飲もう。しかし、期限は今日までだ。こちらも森の消却のために準備は進める。だが、覚悟を決めているお前たちにも協力はしよう」
「すまねぇ、親父!」
「勿論、銀星の賞与と森の存命にかけて頑張ります!」
「ちょっと成葉何で僕の賞与を覚悟に入れたの!?」
よかった、上様も納得してくれた……。
わたしと雪ちゃん、そして繋は顔を見合わせて力強く笑った。
わたし個人には関係ない海の森。けれど、玉露様にとっては大切な物だったから。何としてでも。
「ねえ!? 僕の賞与云々撤回してよ!」