複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.40 )
日時: 2020/12/12 20:54
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「なあ」

 人気が全くない海岸。その場所は鵜宮が住んでいた森を少し先に進んだところにある――厳しい環境の海である。
 引き締まった肉体、長身、がっしりした体格を持つ男。夜空の様な短い黒い髪が風になびく。二重のまぶたに挑発的な笑みを常に浮かべる男は隣に立つ燠を見下ろす。
 燠自身も身長が低いというわけではない。男――蕪世が大きいのだ。
 蕪世の問いかけに反応するのことが無い燠だが、続けて言葉を発する。

「何で鵜宮全員皆殺しにしなかった?」
「お前こそなぜ皆殺しにした? 無駄な時間だ。そのせいで皇帝の犬どもと一戦交える羽目になった。奴らに余計な情報を与えてんじゃねぇよ」

 少し、いらいらしたように燠は目線を前に向けたまま言い放つ。
 とげとげしい態度、あるいは無視されるかと思っていたので、蕪世はそんな燠に心底面白いと言わんばかりにくつくつと底意地の悪い笑みを浮かべる。

「それこそ俺は余計な情報が行き渡らないようにしたんだよ。万が一鵜宮が逃げて皇帝に報告なんぞしてみろ。奴ら血眼になって俺ら探して処刑するぜ。まあ、お前も殺さなかったせいと……、思ったより皇帝の犬どもが狂ってやがったとこだな。その流れになってきちまったけどよ」
「俺達の顔はもう割れてるよ」
「だろうな」

 手慣れた流麗な動作で短刀を弄ぶ蕪世。
「つーかよ」と、低い声音でじっと彼は燠の顔を見る。

「俺の雇い主は何をお考えかね。こんな死にぞこないの王冠なんぞ手に入れて死んだ神の蘇生だの抜かしてるが――。そんなんして何になる。金になるわけじゃねえ。宗教でも作って教祖様にでもなるおつもりか?」
「知るか。それこそ俺の知ったこっちゃない。他国の王なぞ興味ないね」

 「ふーん」と蕪世は興味無さそうに海岸を見渡す。
 全く人の気配を感じず、大きくため息をついてどっかりと砂辺に座り込む。手入れされていない海岸なため、小石やガラスがちくちくした。

「つーか、帝国の下僕共はいつ来んだ? いつまでも王冠なんぞ持ってたら見つかるっての」
「――……いつ?」

 その言葉にどこかぼんやりしていた燠ははっと目を見開く。
 燠の様子に何か察したのか蕪世は「へえ」と一声を発する。
 その瞬間、彼らの目の前に何かが勢いよく落ちてくる。あまりの衝撃に砂埃が周囲を舞う。
 蕪世は持っていた短刀で見えない視界を文字通り「切り開いた」。

「――……見つけた」

 目の前にいたのは、成葉と慶司。
 お互い見据えるような状況だ。燠は一歩踏み出し、苦々しそうに口を開いた。

「帝国の遣いは」
「それなら海にいたから沈めたけど」

 正確にはおっかない人がね。そう言い続ける成葉に蕪世は「まじか」と口を小さく開けた。