複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.42 )
日時: 2021/01/01 20:23
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

 この世全ての人間を持っても3人しかいない「真眼」持ち。
 しかも目の前の最強は両目とも違う護法の力を併せ持つ、正真正銘の天賦の才能。
 それに加えて体術も達人の領域、性格も隙が無いと見える。
 だから、何だ。
 だから、どうしたというのだ。

「殺す」

 男――、蕪世は先程の軽薄な笑みを消す。
 殺戮者、暗殺者。それとも殺人鬼、傭兵か。
 幾多の名称でそう呼ばれてきたが、彼にとっては心底どうでもいいことだ。
 そう――どうでもいいのだ。

(……コイツ、雰囲気が)

 慶司は肌でそれを感じ取った。本気の殺意というものを。
 なかなか出せるものではない。改めてこの男の異常さを察していた。
 だが、それ以上に感じたことは。

「テメェ、護法は使わねぇのか?」
「使わねぇよ、そんなん」

 目にも止まらぬ速さ。それは先程もであったが、さらに速い。
 正直言うと、比較にならない。蕪世はいつの間にか慶司の目の前にいた。
 にた、と気味悪く微笑むとそのまま流麗な捌きで慶司の右胸から左わき腹にかけて斬りつけた。

「――っ!」
「へぇ、その真眼邪魔だな。『致命傷を避ける道筋』の真実も見抜くのか」

 その年齢(とし)で使いこなせるとか恐れ入ったわー。心底つまらなそうに言う蕪世。
 慶司は傷口を抑える。しかし、致命傷ではないとはいえ、攻撃や防御をするときに支障は出るし――、なにより出血量が多い。
 慶司は男を睨む。

「なるほどな。お前、護法の力が「全く」無いんだな。ある意味希少だ。お上なら喜んで実験材料にしてたろうぜ」
「ああ。だから俺は鍛えるしかなかったんだよ」

 そのまま蕪世は慶司の腹部を狙って蹴り飛ばす。
 しかし、その動きを読んでいた慶司は右腕で叩き落とすように防御した。
 蕪世は後ろに後ずさって、天を仰いだ。

「――……お前、あの王冠(ガラクタ)返して欲しいんだろ。俺はいいぜ、別に。任務だけの話だから、俺個人の感情としてはどうでもいい。特に支障は無さそうだから言っておくが、雇い主の目的は『神を降臨させて恵まれた世界にする』ことだとよ。この王冠はその一部」
「何で俺にそれを話す」
「雇い主(あいつ)は本気だぜ。全知全能、万物万象の神の降臨だ。貧困も、差別も恐怖も争いも離別も――……、悲しみも邪悪も一切合切排除した『恵まれた世界』を作ろうってんのに、お前ら何で俺らを止めるんだ?」

 心底不思議そうに、心底どうでもよさそうに。
 蕪世はそう言った。「まあ、俺はそんな世界これっぽちも興味ねぇが大金積まれたからやるだけだけど」と短く告げる。

「んな馬鹿げた話誰が信じる。そんなのはな、都合のいい御伽噺だってんだ」
「何でもいいじゃねぇか。どうせお前死ぬんだし」

 今度は足に巻き付けていたしめ縄を片手に持つ蕪世。
 そしてそのまま、慶司目掛けて一直線に襲い掛かった。