複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.43 )
日時: 2021/01/09 17:57
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

俺は人の上に立つものとしてこの世に生まれた。
 そのために人を捨てた。支配するために己を磨き、仙人の中の仙人――神仙になった。
 だが特にそれを誇りとは思わない。当然のことだ。
 人間である家族などただの付属品、支配するためにたまたまそこにいた通行人だった。
 だから特に何とも思わなかった。

 病魔に侵され、為す術もなく死んだ家族の最後の日ですら俺は何も感じなかった。
 昔から言われ続けてきた言葉――「この国の皇帝であれ。俗世に堕ちるな。この国を支配する仙人で有れ」。それだけだった。
 有益なものは使い、無益な物は殺す。
 人で有れ者で有れ何で有れー―……。

 ヒノクニは酷い有様であった。
 民は常に飢え、気紛れ程度の存在でありながら確実に人間を弄び殺す神々。
 病魔や格差、貧困や人身販売……、理不尽な暴力。
 だがそれを俺はヒノクニの皇帝になってからは全て解消した。

 飢えるにならば俺の力で食糧を作り出せばいい。
 神がいるのであれば殺せばいい。
 病魔があるのなら薬を生み出し、貧困が、格差があるのなら――俺以外の貴族を排し、俺だけが頂点にあればいい。
 俺がいなければどうせこの国は行き届かない。運営する。
 人身売買も、暴力も――……俺が関与すればちっぽけなものなのだから上から踏みつぶしてしまえばいい。
 
 運営し、創り上げ、支配する――……。
 なんてことない、世界だ。国なのだ。
 民が望むものは与えればいい、使えばいい。
 この国の脅威は消してしまうのだ。
 俺に尽くして、尽くされる。それが国としての在り方。
 必要無くなれば棄てればいい。民も、俺も。全て。それが世界の在り方だ。


――……民は、それにすら気が付かない。
 理も、あるべき姿も。ただただ俺を称えて食って、寝て、馬車馬の如く働いて。
 そのように生きて死ぬ。それだけだ。それでいい。
 何もできない、何も知らない民はそれでいい。
 全て俺が管理する。
 知らなくていい。

 そんな皇帝生活を始めて2000年ほどたった。
 時代とともに変わった。
 国の文化も技術も進歩した。俺が指示して作らせた。
 世界も、人も今日も廻る。そう思っていた時に、

「我が皇帝。差し出がましいようで誠に申し訳ないのですが……。そろそろ皇妃様を迎えられることもお考えになられては如何でしょうか?」
「…………ほう」

 名も知れぬ我が宮城(きゅうじょう)の文官が俺の顔色を窺うようにそう言った。
 最近人間どもが、世継ぎだの皇妃だのと騒ぎ立てていることは知っていた。
 それも500年ほど前から。だが俺は、仙人は――寿命の定義は無いに等しい。
 人間よりもはるかに何でもできるし長生きだ。
 知っているはずなのに、それを言うということは何か企んでいるのか――……。まあ、そうだとしても俺の前では塵に等しい空想に過ぎない。
 ――……だが。

「考えておこう。もうお前は下がれ」
「あ、有難いお言葉です皇帝! では早速、教養と美貌を兼ね備えた女を用意致しますゆえ……!」

 だが、いちいち囀られ続けるのもうるさくて構わん。
 何、少し顔を合わせて全て断ればいい。それだけだ。単純な思考の男は満面の笑みで出ていった。
 
「下らんな」

 何もかも、この一言にすぎる。
 なぜ人は愚かなのだろう。
 女と酒に溺れ。
 金に目が眩み、破滅し。
 大切な人さえも踏みにじって、淡い煙の様な地位を欲する。
 人というものは、ただただ下らない。







「暫く留守にする」
「いってらっしゃいませ。我が皇帝」

 門番に一言告げ、俺は足早に宮城を出る。
 俺は時々、城を出る。本に出てくるようなお忍びなどではない。
 この国に異常がないか――この目で直で見て確認する。これは部下――ましてや、人間には任せられない仕事だ。
 このことを一度部下に言ったら難色を付けられた時期もあったが、無視をしたらいつの間にかそんなこともなくなった。

 行き場所はヒノクニ最奥の森。
 獣が多く、人間が滅多に近寄らぬ場所だ。
 人間が行き着くだけでも体力的にも苦労する場所だが――俺は仙人故、その様なことは障害にすらならない。
 森は些細なことで穢れやすい。だから定期的に様子を見ている。

「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 俺が足を踏み入れた瞬間、獣の雄たけびが聞こえた。
 びりびりと空気が痺れる。この気配、ただの獣ではない。
 これは、これは――……。

「わたあめ? どうしたの? 何かいたの? 落ち着いて――」

 勢いのある足音と同時に女の声も聞こえた。
 それに気を取られた一瞬だ。一瞬だった。
 瞬く間に表れたのは大きく――最低でも普通の牡牛の2倍はあると思われる白い体躯を持つ、牡牛。この目で見てはっきりとわかった。