複雑・ファジー小説

Re: ヒノクニ ( No.5 )
日時: 2020/04/25 20:20
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「い、イッテキマスワネナルハ……!!」
「いってらっしゃーい!!」

 桜を彩った上品の桃色の着物に桜の葉っぱを思わせる臙脂色の袴を着飾った紅は鈍い音を立てながら馬車に乗り込む。
 いってらっしゃいとは言ったけど、様子を見に後でついていくつもりだけど。
 女中さんに「お嬢様は人に見られていると緊張してしまわれるお方なので……」と言われたので紅にはばれないようにしないと……。

「成葉様、行きましょう」
「はい、行きましょう」
 
 正直、嫌な予感がする。
 女中さんの真剣な声とともに私達もゆっくりと後を追う。
 紅はお嬢様だから馬車で行ったけど、わたし達は徒歩(と天狗の翼)だよ?
 お相手のお屋敷までの距離10キロ。走りたくない。






「こっ、この度はお招き頂きありがとうございます……っ」
「こちらこそご足労頂きありがとうございます。ささ、まだ時間もありますので、こちらの一室にてお待ちください……」

 烏天狗たちが住まう屋敷に到着した紅は緊張した面持ちで、出迎えてくれた初老の夫婦に頭を下げた。
 この夫婦は紅のお見合いの相手である烏天狗の秦の両親でもあり、烏天狗現代当主であろう。
 2人とも穏やかそうな印象だ。

「あ、あの……。秦様は……」
「ごめんなさいね。あの子、すぐに戻るからってどこか行ってしまったのよ。本当に困った子。せっかく紅さんが来てくれたのに……」

 はあ、と奥様は呆れたようにため息をついた。
 紅は少し寂しそうに俯く。

(……私は出迎えてくれるほど興味を持たれてはいないのね……)

 少し、悲しそうに目を伏せる。
 旦那様が「さあ、こちらへ」と言って、玄関へ誘導した。

「この部屋でお待ちくださいね。息子ももうじき帰ってくると思います。お手洗いは突き当りを右。他にも何か不便がありましたら私達や使用人たちに遠慮無く申し付けてくださいね」
「はい。ありがとうございます」

 連れてこられたのは、上品な8畳ほどの一室。その部屋を出ると、見事な盆栽と立派な鯉がみられる裏庭があるのだ。
 物は少ないながらも綺麗な部屋だった。きっと客に向けられた部屋なのだろう。
 奥様は柔和に微笑むと、静かに襖を閉めて出ていった。
 出ていくのを見送ると紅は小さくため息をついた。

「何だか、もう帰りたいわ……」

 座布団にどかっと座り込む。

——明日、いい日にしようぜ!

 昨日の、友人の言葉を思い出す。
 喝を入れる様に自分の両頬をばしんと叩いた。

「そうよね、そうよ! へばってなんかいられますか。人間の娘が何だって言うのよ! 秦様と結婚するのはこの私なんだから!!」

 お手洗いで、化粧の再確認を行おうと、思い切り襖を開ける。
 しかし、目に移ってきたのは信じられない光景だった。

「……は…………?」

 その光景とは、すらっと背が高く真っ直ぐな黒髪と誠実そうな面持ちの青年に、桔梗色の着物を身に纏った美人が抱き着いている場面であった。
 間違いない、あの青年は——秦であった。

「し、し、秦様……?」
「あ、あなたは……もしかして紅様」

 思わず声が出てしまった。
 こちらが顔を青ざめているのに、秦に至っては「何だそこにいたのか驚いた」程度の反応だった。
 それが、紅の今までの我慢の許容を超えてしまったのだ。

「——……もしかして、じゃないわよっ!!」

 轟、と紅の周りに強い突風が吹き荒れる。
 これは、紅が女天狗として生まれ持った神通力だ。紅の表情が怒りで真っ赤に染まっていく。
 秦はたじろいたが、紅はずんずんと2人に近寄っていく。

「ねぇ、秦。この人だれ? 愛人?」
「な、何を言って……!?」

 桔梗色の着物の女性がとぼけたように秦に問う。
「秦」と呼び捨てにしたのがさらに彼女の怒りを買ってしまった。

「アンタ……何気安く呼び捨てにしてんのよっ!! もういい、もういいわ。アンタたちがその気なら私だって……! 今まで私が周囲の圧力に耐えてきたことなんて知らなそうに……!! いいわ!! この婚約破棄してあげるっ!! その代わりここで死ね!!」

 次の瞬間、竜巻の様な突風が裏庭の盆栽や鯉を舞い上げた。

「え。何あれ」
「あれは……! お嬢様の力です! 何かがあったのでしょう。敵襲かと! 成葉さん、急いで!」

 何か屋敷の中で竜巻発生してるんですけど。行きたくないんですけど。
 女中は竜巻を見て焦ったように、飛ぶスピードを速めた。
 わたしも急いでお屋敷へと走るスピードを速くする。
 走るの嫌いなんですけど! 正直10キロを走るなんて思ってなかったんだけど。