複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.6 )
- 日時: 2020/04/26 17:54
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
(……どうして、どうしてこんなことになったのだろう)
僕の名前は秦。古い家柄の異形である「烏天狗」の末裔だ。
両親の愛情にも、自らの才能にもそこそこ恵まれ、僕は次期当主となる。
そんな僕にも、数か月前、お見合い話が舞い込んできた。そのお相手は「女天狗」の娘、紅様。
彼女も才能があったようで、この縁談が持ち込まれたらしい。
縁談にたいしては特に何も思わない。次期当主として当然のことだから。
僕も見合いの準備をしていた——しかし、その話をどこから聞きつけたのか、ある日突然人間の「宇津木(うつぎ)」と名乗る女性が訪れるようになった。
正直、胡散臭い。そう思った。宗教の勧誘でもしてくるのだろうと。
ところが、彼女の口から出た言葉は「海外には興味ないですか?」と。正直耳を疑った。僕はこのヒノクニを出ようなんて生まれて一度もなかったのだから。
「外の国にはその国にしかないものがたくさんあります。文化、人、食、学問——。挙げればきりがありません。だからこそ面白いと思うのです。秦、あなたも好きなことをやられたらどうですか?」
その言葉に悔しくも、胸を貫かれたかのような衝撃を受けた。
——……まあ、この宇津木という女性、最初は丁寧語で話していたのに日を重ねて話すごとに何だか図々しくなってきたのだが。
それでも、彼女の外の世界の話は魅力的だった。……これからお見合いする男が誰だかわからないような女性と話すなんてよくないのは、わかっている。
けれど捨てたはずの、好奇心と憧れが止められなかった。
「秦。私と一緒に行きましょう? 貴方にここは窮屈だわ」
そしてお見合い当日の朝。
早朝にもかかわらず、宇津木は僕を呼び出しそう言った。
けれど、このお見合いは破断するわけには行けない。家の、存続のためだ。
「いいの? この機を逃したらあなたはずっとこの家に閉じ込められる。世間知らずの我儘な小娘と堅苦しいこの家に」
「そ、れは…………」
確かに、彼女の言い分は分かる。……すごく、わかる。
僕にも幼いころ思ったことがあった。家に縛られず、自由気ままに。
「秦!」
「あ…………」
宇津木は、僕に抱き着いた。
それと同時だった。
「は…………?」
——僕の婚約者、紅様と顔を合わせたのは。
※
「ここがテメェの墓場じゃ——っ!!」
紅は帯に隠していた葉っぱでできた扇——「葉歌仙(ようかせん)」と思い切り振る。
葉歌仙とは、女天狗代々受け継がれている家宝の扇。一つ振れば竜巻を。二つ振れば台風を。と言われるぐらい強力な風を仰ぐ一品。
振ると同時に、竜巻の様な突風が再び吹き荒れる。
彼女——紅は確実に秦を殺す気でいる。
「お、お待ちください紅様。僕とこの女性はあなたが思っている関係ではなくて。宇津木、あなたも弁解を」
紅が現れてから一言も話さなくなった宇津木を見る。
しかし、何時の間にか彼女はいなくなっていた。今度は「宇津木」と呼ぶ秦にますます殺意を覚えていたようであった紅。
「いい御身分じゃない! 私が今までどんな酷いこと言われたり嫌がらせ受けたかわかる!? 女天狗はねぇ、女性しかいないから人間関係は屋敷を出れば陰湿なのよ!! 分家の女天狗からは『我儘お嬢様、いい御身分ね。苦労しなくていいわね』だの『性格の悪さと怠惰の極みが顔に出てる』『子供を産めなきゃ、結婚できなきゃ存在する価値無し』『ぱっとしない駄目女』だの……! それだけじゃないわ、家のガラスを割られたり、烏の死骸を送られたり、便せんに小さい刃物を入れられたり……!! 何で、何で私だけっ!!」
紅は、怒りに任せて扇を今度は秦に向けて振った。
先程の風は天狗とはいえ、防御もとっていない秦が食らえば一溜りもないだろう。
「紅様……っ!」
「うるさいうるさいっ!!」
紅が扇を振り下ろすその瞬間。
「駄目だっ! 紅!!」
成葉が、紅の懐に入り込み、手刀で扇を叩き落した。