複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.7 )
- 日時: 2020/04/27 20:41
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
「もー、アンタもさー。優柔不断って言うかなんて言うかさ? そりゃ色々やりたいことも夢もあるかもだけど今日お見合いよ? どうなるにせよさっきみたいな波乱になるようなことは避けなきゃいけないとは思わない?」
「…………仰る通りです」
——……わたしが紅の扇を叩き落としてから10分も経たない時間。
その間に興奮して歯止めの利かない紅を宥め、別室で待機してもらうことに。何事かとやってきた秦様の両親にも軽く事情を説明すると、あの温厚そうな母親とは思えない金切り声で彼を叱っていた。
そして、上様直属の僕……、いや、遣いのわたしが改めて事情徴収することとなった。
すんなりいかないと経済が潤わないからすんなり終わんないかな……と期待して……。
(紅の女中さんすごく怒ってたからなぁ……。これ以上何か起こると秦様を殺しかねない)
まじまじと秦様を見ると、彼は酷く落ち込んでいるようで、目を伏せていた。
睫毛が長いですね秦様……。
「……この婚約はなかったことにしてもらいます」
「んんんん!?」
秦様の言葉に思わずわたしは跳ね上がった。
何てこというんですか!! わたしに手ぶらで帰れと!? 上様に八つ裂きにされるわ!!
いや、いや……。でも、そうだよね……。思いっきり印象悪くなったし、何より紅の事を考えるとお互いの利益のために結婚しろだなんて口が裂けても言えない。
いや、でも上様なら言いそう。
「僕は、自分の事ですらわかっていなかった。そのまま家の言うことを聞いていれば彼女を傷つけずに済んだのに。……確かに、事の発端は宇津木でした。彼女の言葉は、僕を駄目にしてしまう熱を帯びさせてしまった。かと言って僕にはその熱(思い)を、夢を実行するだけの勇気は無い。——紅様の怒りは至極真っ当なものです。今まで、彼女がされた苦労も含めて」
悲しそうに、秦様はそう呟いた。
……今回のお仕事はお見合いの円滑にする作業であって、お悩み解決ではないんだけど。
まあ、今回わたしにはこの人を、いや、紅をどうやって結婚させるかを考えるべきなのだろうけど……まあいっか。
せめて円滑にはしてあげましょう! どうなるかわからないけど!
「——……秦様の夢って聞いてもよろしいでしょうか? 紅から端的に聞いた分だと、ヒノクニ以外の外の国に行きたいとかって……」
「——はい。お恥ずかしながら。幼いころ、本で読んだのです。世界には、自分の知らない物や景色があって、身分も文化も人種すら違っていてもそれを受け入れ合ったり、尊んだりできると……。もちろん、真皇様が治められるこの国はとても誇らしい。ですが僕はもっともっと沢山のことを知りたいのです。……いや、知りたかったのです」
秦様ははにかむ様に微笑んだ。
ヒノクニは特別「鎖国状態」ではないのだが——……、他国との交易は物流の売買程度でまだそこまでは発達していないのだ。
なぜなら自国でほとんどのものが供給ででき——、何よりこのヒノクニ自体が「文化」も「異形」も独特だから、という点も大きいのだろう。
「だったら尚の事、紅のお見合いは続けられた方がよろしいかと」
「……!? なぜです、僕には彼女に合わせる顔が無い……」
「それは紅が決めることなんじゃないお坊ちゃま!」
何だかやきもきするんだけど!
わたしは秦様の襟首をつかむと、そのまま引きずった。
……行先は、紅が待機している部屋だ。
「紅はね、あなたをずっと待っていたよ。もうあなたは忘れてしまっているだろうとも言っていた。あの子は今年で19歳になるんだって。女天狗の御令嬢じゃなったら秦様と同じでやりたいことが沢山あったと思うんだよね。でも我慢して、辛いことにも我慢して……我慢した結果、実を結ばなかったら悲しいよな」
「…………」
秦様は黙って引きずられていた。
「でもまぁ、かといって結果と相談することもできないだろうし『そうなってしまったこと』を変えるだなんて不可能だろうけど! 秦様は相談できるでしょ!」
「わ……っ」
襖を思い切り開けて、秦様をそこに放り込む。
部屋には先客の紅がいて——、泣いていたのか目の周りが真っ赤に染まっていた。
少し、化粧も崩れている気がする。
紅は驚いた表情でわたしと秦様を交互に見ていた。
「成葉……? 秦様……」
「紅様、僕は」
「それと!!」
秦様が何か言う前にわたしはそれを遮った。
いやごめんなさいね、やることが1つ増えたので早急に。
「これからの話し合いで結婚するとかしないのは自由でいいと思う! 多分花緒さんも生涯独身だから! でも、結婚するならもうあなたたちは大人になる。紅様の家と秦様の家、2つの人生がかかっているものだから。特に、歴史ある家柄のいい家ってのはさ。責任があるんだよ。もう癇癪を起したり、自分の淡い夢を見ることもできなくなると思う。それでも——、そうしたいと思うのなら、わたしはあなたたちの味方になれるよ。改めて」
自分の想いを優先しても。
血筋を優先しても。それを自分で決めたことなら誰も責める権利などないのだから。
わたしはそう言うと、襖を静かに閉めた。
やるべきことがある。——それは、宇津木なる女性を捕獲せねばならない。
※
「先程は誠に申し訳ありません、紅様。僕に——いや、私にはもうこのようなことを話す権利はないと思います。ですが、もう一度だけ話し合うチャンスを頂けないでしょうか」
秦は深々と頭を下げた。
それを暫く、眉根を顰めていた紅だったが、口を開く。
「……頭を上げてください、秦様。私の方こそ申し訳ありません。あのように取り乱してしまいました」
紅は優しく秦の両手に触れる。
思わず、秦は顔を上げた。
「もう一度、話を……。いえ、お話をしましょうよ。どんなことでもいいんです。私達には知らないことが多すぎた。私たちはもう未熟だからという理由で済む年齢や立場では無くなってしまったのかもしれません。悔しくも、今回の件で気づかされました。あなたと……友人に」
「はい……! お互いが満足するまでいくらでも……」
格式高い両家のお見合いは崩壊。
しかし、ある意味で腹を割って遠慮のないお見合いが始まったのだ。
——笑い声の絶えない、楽しいお話が。