複雑・ファジー小説
- Re: ヒノクニ ( No.9 )
- 日時: 2020/04/30 19:02
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
「テメェで最後か」
日が暮れ、夜に差し掛かる時刻。
人通りの少ない裏路地には2人の男がいた。だが、その雰囲気は和やかからは程遠く——はっきり言ってしまえば「剣呑」であった。
とある男は、目の前にいる左右の眼の色が違う黒い半纏を着た青年に身動きが取れないように縄で括りつけられ、背中を片足に踏まれていた。
——勝てる気がしない。逃げられるとは思えない。
そう思うような屈強な戦士。
物々しい雰囲気を肌で感じ取った男は返事に答えることができない。
「雪!」
青年にそう呼び掛けて、近寄ってくるもう1人の影。
もう1人の人物は、青年より一回り背の高い偉丈夫であった。夜空の様な黒髪を1束にまとめている。
青年は目線だけ彼に向ける。
「繋(つなぐ)。此奴で最後か? あのクソガキ(成葉)が他国の間者が紛れ込んでるっつーから虱潰しに潰してたんだが……」
「ああ。恐らくな。成(なる)の調査報告によると間者は5人。主犯の宇津木も捕らえたし、此処に来るまで3人は捕まえた」
「……さっさと帰ってお上(おかみ)に報告するぞ」
繋、と呼ばれた男に縄を渡す「雪」と呼ばれた青年は。足早に歩きだす。
振り向いた青年の背中の半纏には大きく「廻」と刻まれていた。
縛られていた男は、それに見覚えがあった。
「……お前ら、まさか廻皇隊(えこうたい)か……!?」
廻皇隊。
皇帝を護衛する「近衛隊」と対を為すのが「廻皇隊」である。
近衛隊の仕事が「皇帝に迫る脅威の断絶」なのに対し、廻皇隊の仕事は——……。
「市民の平穏を護り、害悪を絶つ」ことである。
「知ってんなら話は速い」
繋は縛られている男の顔を見る。そして、有無を言わせない物言いで男の顔面に手を伸ばした。
「うちの国に間者になりに来たのが運の尽きだったな」
——……男は自らの運命をあきらめた。
※
「もう捕まえたのですか!? 流石繋様! 花緒感激いたしました!」
「ありがとう花緒。これもみんなと協力したお陰だ」
「んなことよりさっさと報告書渡せ。印刷すんのに10分もかからねぇだろ」
花緒は天真爛漫に、恋する乙女のような面持ちで繋——、士門繋(しもんつなぐ)を褒めたたえた。
そんな彼女を見て呆れたように大きくため息をつく青年——雪丸慶司(ゆきまるけいじ)は彼女の仕事場の机をバシバシ叩く。
それを見てムッとしたのか花緒はつーんとそっぽを向いた。
「私がご不満でしたら成葉ちゃんに直接貰ったらどうですか? 見ての通り、私忙しいんです。というか私の担当、経理ですし」
「成葉がいねぇからここに来てるんだろ……」
雪丸は額に青筋を立てながら花緒を睨み付ける。
花緒は不満そうながらも、渋々机の引き出しから報告書を取り出す。
ふと、思い出したかのように、花緒は、
「そういえば捕らえた間者の方、どのように真皇様は処罰を下したのですか?」
「今はまだ拘置所の中だ。情報がまだ聞けるかもしれないからな。俺が親父……じゃなくて、皇帝にそう提案した」
この穏やかで人当たりのいい身長の高い男、実は「あの皇帝唯一の嫡男」なのである。そして成葉を始め全員本当に「あの皇帝の息子なのか」と首を傾げる日々であった。
繋の返事に花緒は満面の笑みで「流石です!」と言葉を返す。
雪丸は、腕を組み花緒と同様思い出したかのように繋を見る。
「そういやお上とクソガキは?」
「ああ、あの2人なら……」
※
「これより、亡き我が皇妃の部屋掃除を始める。適宜行動せよ」
「承知しました。上様は決して棚の中や引き出しの中を見ないでください。女性の部屋ですからね」
「何を言う。玉露(ぎょくろ)のことは何でも知っておるのだぞ我。故に、隠す隠さない見せないなどと」
「女性の部屋ですので。この成葉この瞬間で命尽きたとしても、皇妃様のお部屋は絶対に死守して見せます」
「……うむ。流石は元王妃側近文官……。覚悟が違う」
何時もは忙しく、寝る間もないぐらいの上様が無理矢理時間を見つけ、今日この時刻にて掃除を始める。
掃除の場所はもう使われていない「亡き皇妃様の部屋」。月1で掃除をする。何時もならわたしが1人で掃除するのだが——上様も「我もやる」とか言い出して今に至る。
そしてここは女性の部屋。この部屋、10畳ぐらいあるから人手があるのは助かるのだが、如何せん上様は好奇心旺盛なので女性の細かいところを突きかねない。
今日はわたしがこの部屋の皇帝だ。死んでも——いや、わたしが死にそうだわ。
何があっても!! 皇妃様の誇りは死守する!!
「では上から埃を落としていくぞ。その後で成葉、お主が箒で掃け。掃除の基本よな。……このこと、近衛長には言うなよ。あ奴には書類に目を通すと言って自室にいることになっておる。気づかれたらあとでグチグチ言われかねん」
「はい……。わかりました……」
上様は兎も角、わたしも巻き添え食らうもん。
背骨折られる。というか近衛長おじいちゃんなんだよ? なのに現役で殺しにかかってくるんだ……。衰えろよ……。
言いたい気持ちを堪えながら、わたしと上様は意外にも順調に部屋掃除を進める。
上様は窓掃除、わたしは衣類の入っている棚の中の埃を掃除していたのだが……。
あることに気が付いた。
——……下着無くね?
(先月まではあったのに。わたし違う場所に入れたっけ?)
そう思い、すべての引き出しを開けたのだが——……下着という下履きが全くない。
それどころか『盗られている形跡が』あった。
「——…………え?」