複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.1 )
日時: 2018/04/16 17:41
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 僕の名前は針音貫太(はりおと/かんた)。まあ自分で言うのもなんだけど普通の高校生だ。成績も中の中の上といった所で、特徴というものもあまりない。強いて言うなら身長が小柄で154cmしか無い事だろうか。まあ成長期だから今後伸びる予定だけど。
 今日から二年生となる僕は、いつもの通学路を歩いていた。今は偶然通り道にあるだけのバス停を通っている所だ。とは言っても僕はこれを利用する事はほとんどない。ここのバスは大体、都会や都市部からこの水平町すいへいちょうに向かってやってくるものであり、僕の高校の前を通ることは無いからだ。
 僕がそこを通りかかった時、思わず目を引かれた。バスから出てきたその男は、身長190cmにも及ぶ程の巨大な体を有していたからだ。灰色のスーツに身を包んでいて、その服の上からでも分かるほどに肩幅が広く体格が良い。肩幅が狭くひ弱な体型の僕からすれば羨ましいばかりである。
 男がバス停から降りると真っ先に地図の方に向かっていた。その途中で、何かポケットから何か紙切れが零れるのが目に入る。男は気がついていない様子だった。

「すみませーん。落としましたよ」

 ガタイのいい男がこちらを向くと、予想通りの強面だった。途端にどうして声を掛けてしまったのか後悔したくなる程度には重圧がある。

「すまないな。君、名前は?」
「針音貫太です」
「そうか。俺は友松見也(ともまつ/けんや)という。……所で君、滝水たきみず公園を知っているか?」
「一応知ってますけど……?」
「もし迷惑でなければ案内を頼みたい。いや無論、差し支えなければ、の話だが」

 滝水公園とは噴水が割と豪華でちょっとだけ有名な公園のことだ。しかしあのバスから乗ってきたということは都心部からだろう。都心部から噴水を見に来たとは考えづらい。
 それはとにかくとして、滝水公園は僕の高校の通り道でもある。まあ差支えはないかなと腕時計を確認する。学校の始業時刻にはまだかなりの余裕があった。

「大丈夫ですよ。分かりました」
「すまないな。貫太君」

 隣に並んで歩くがやはりでかい。僕との身長差は僕の頭二つ分くらいある。とても同じ日本人とは思えない。

「よくデカブツと言われるが日本人だ。身長が高い家系ではあるがな」

 隣で何気なくその言葉を発した友松さん。身長というものはやはり大きく家系が関わってくるものなのだろうか。僕の両親はあまり高くないが、僕もこれから伸びることはないのだろうか。

「いや、遺伝だけが全てではない。実際妹はかなりのチビだ」

 友松さん、この強面で妹がいるとは予想外で思わず横を見てしまう。確かに顔立ち的にはクールな雰囲気がかっこいいとも取れるしモテそうではある。そしてとても女性が苦手そうではある気がする。

「……確かに、女性は苦手だ。高い歓声を上げてくるタイプは、特にな」

 ……そもそも高い歓声を上げてくる機会すら巡ってこない僕に喧嘩を売っているのだろうか。

「何故か寄ってくるんだ。分からん」

 理由自体が分かっていないとは、これが強者の余裕という奴なのだろうか。
 そこでふと違和感を覚えた。そういえば僕は──どうしてさっきから一度も口を開いていないんだ?
 僕はこの男に対して一度も口を開いていない気がする。なのにどうして僕は友松さんと会話をしていたんだろうか。

「所で貫太君。俺のことは見也と呼んでくれないか? これからの事情を考えると、な」
「分かりました、見也さん」

 そんな会話を交わしていると、滝水公園が見えてきた。公園と呼ぶには敷地面積は意外と拾いが入口からでも中央に立つ噴水の先端が確認できる。

「こっちです。意外と複雑な作りなんですよねここ」

 それから花弁が散った桜並木の道を通り、石畳の敷かれた中央部に出た。皿の中央に棒を突き立てたような形状の噴水に、それを囲むようにしてベンチがいくつか設置されている。平日の朝ということもあり、まだ人は少ない。掃除が行き届いており、葉などの植物由来のゴミは幾つか見かけたが、人口由来のゴミは一つも落ちていなかった。

「背丈の高い高校生を探してくれ。性別は男だ」

 辺りを見回すと、噴水の先から落ちてくる水の向こう側に、僕と同じ制服を着た高校生くらいの人がいるのが分かった。小走りでそちらに向かう。

「……ふぁぁ」

 その男は眠たそうに欠伸をしていた。ベンチがあるのにわざわざ噴水の淵に座っている。
 背丈格好はかなり大きな方だ。高校生にしても高い。顔はよく見えない。制服は同じだから恐らく同じ学校の生徒だろう。……今日は背の高い人とよく会うな。

「オイお前! そこはオレ達のナワバリだ!」

 威勢のいいというより、脅かすように張り上げた声が聞こえた。そちらに目線を向けると、僕と同じ制服を着崩した男が二人。そしてタバコをふかす男が一人居た。見た目からして如何にも不良といった感じである。

「……あ、俺ですか?」

 ようやく気が付いた背丈の高い男はパッと立ち上がる。その時ようやく顔が見えた。クールな印象を受ける顔立ちがだか、先ほどの強面と比べると幾らか親しみやすい感じがする。
 ナワバリ、と言われていたそこをどこうとしたのだろうが、その前に足を踏み付けられて立ち止まる。

「待てよ。お前二年生か? なら先輩に対して失礼はしちゃいけねぇよなぁ?」

 直感的に、面倒な絡み方をしてくる人種だと分かった。背丈の高い男が、ゆっくりと背筋を伸ばすと、ガラの悪い方よりも10センチ程度高かった。ガラの悪い方の顔が、一瞬だけ怯える。反射的に足を離したのをいい事に、その背丈の高い男はそこをスグに立ち去る。
 かと思えば、少しだけ離れて三人の方を向いて、綺麗に腰を折り曲げたのだ。いわゆるお辞儀である。

「先輩方ッ! すいませんでしたッ!」

 張りのある声だった。誠意の込められた声だった。聞いている側に、本気で謝っているんだと確信させる程に、その謝罪は誠実だった。こうやって何も出来ずに傍観している僕には無い、そんな強さを持っていた。少しだけ自分が情けなくなる。
 が、ガラの悪い方はというもしめたといったような顔をしていた。弱者を見付けた時のクズみたいな顔だ。

「そぉだよなぁ? キチッと落とし前付けなきゃ……なぁ!」

 そしてお辞儀している彼をガラの悪い男が蹴飛ばす。他の男もニヤニヤとした笑みを浮かべて傍観しているだけだ。

「後輩よォ……名前なんて言うんだ? オイ」
「友松……共也きょうやです」

 その苗字を聞いた時、ふと見也さんの顔が思い浮かぶ。もしかして兄弟なのだろうか。見也さんが探していたのは、目の前の共也くんの事なのだろうか。
 なんて考えていると、共也くんは立ち上がってまた謝る。僕は流石に疑問に思った。どうして彼はそこまでして謝り続けるのだろうかと。
 今度は別のガラの悪い男が彼を殴る。三回ほど殴った後に、一際強いパンチが彼を襲った。また地面に倒れる彼。綺麗だった制服も今は薄汚くなっている。

「オオイオイ、なにか落ちたぜ後輩クンよ」

 ガラの悪い男が拾ったのは、一つの布のなにかだった。色や形から察するに、恐らくはお守りだろう。

「お守り……プッ、ははははは! お前高校生にもなってまだお守りとか付けてんのかよ! しかもこれ小中学生とかに向けた奴じゃねぇか!」

 男はそれを見て大きな声で品のない笑い声を上げる。するとタバコの男が笑う男になにか声をかけた。

「おい、それ貸せよ。俺がもっと良い感じにしてやっからよ」

 遠くで見ていたタバコを吸っている不良が、お守りを受け取るとポケットからライターを取り出した。二、三回カチカチと音が鳴る。まさか火をつけるつもりなんだろうか。

「オレがこんなんから卒業できるようにしてやっからよ。へへっ」

 そして火が灯ったライターが、お守りに押し付けられた。炎はそれを包んで激しく燃える。なんで酷い奴らだ、と僕は思った。しかし、この場でただ傍観しているだけの僕も共犯だと考えると、胸がきつくなる。

「しかし異様に熱ちーな、こ……れ?」

 ライターをしまいながら男がそう呟いた。最後が疑問形になった理由が、その一秒後にわかる。タバコを吸う男はたった今気が付いた。そう、燃えているのが、お守りではなく自分の指だということに。

「あああああ! 熱い熱い熱い熱い熱い熱いぃぃッ!」

 水水と叫びながら噴水に手を突っ込む男。他の取り巻きも共也くんから離れて近くに行く。

「先輩」

 酷く、苛立ちを全面に出した声だった。とても先程の声と同一人物のものとは思えない程の豹変ぶりだ。
 ふと、そこで僕は気が付いた。彼の手には、先ほど燃やされそうになっていたお守りが握りしめられていたのだ。僕がどういう事だと考えている間に、共也君が言う。

「何してんだよ」

 彼の顔が一気に冷める。これは僕でもわかった。絶対に怒らせてはいけない人種の怒り方だと。

「う、うるせぇ!」

 そう言った男と共也くんの間には、確かに5メートルもの間隔があった。
 しかし次の瞬間、共也くんはいつの間にか男の前に踏み込んでいたのだ。思わず目を擦っていると、激しい音が一つ。そして大きな水の音もした。目を開けると、男が頬を押さえて水に突っ込んでいる。恐らく共也くんが殴り飛ばしたのだろう。

「ふざけんじゃねぇぞテメェら! 次この御守りに触ったら、その顔面がタイヤみてーに穴が開くまで殴ってやるからな!」

 そして激しい音が二つ、水音が二つ聞こえた。揃って三人は仲良く噴水の中に突っ込んでいる。

「まだだ! まだ終わってねぇんだよ! おいアンタら!」

 そう言って共也君が、ガラの悪い男達の足を持って引き上げようとした時だ。

「そこまでだ、共也」

 まだ怒り足りないといった様子だった共也くんの肩に、大きな手が乗せられた。それは僕が今日の朝知り合った友松見也のものだった。



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