複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.10 )
日時: 2018/04/23 23:50
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 昼休みの事だ。俺はトイレの一室に篭ってひっそりと携帯電話で兄さんと連絡を取っていた。

「ああ。貫太がいねぇ。担任の言い回しもなんか妙だし、俺が直接聞いた時も挙動が不審だった」

 あのHRの後、担任に問い詰めてみた所、目が泳いでいたりと明らかに不自然だった。普通はあんな顔しないはずだ。それこそ、自分の生徒が行方不明にでもなったと言わんばかりの顔を。

『……実は先日のハート持ちと遭遇した時、彼はハート持ちに襲われていた』
「げぇっ! マジかよ貫太の奴……不幸体質か?」
『……本来ならば、引き寄せ合うのはハート持ち同士の筈だが……彼には何かあるのかもしれんな』

 ハート持ち同士は比較的出会いやすい、というデタラメなのか真実なのか分からない噂がある。もしそれが本当ならば、今頃巻き込まれているのは俺や見也さんの筈なんだがな。

『とにかく、昨日の貫太君の動向を知る人物を探せ。まずはそれからだ。俺は放課後の時間帯になったら校門の周辺で待機しておく』
「ああ、分かったぜ……」

 そう言い、通話を切ってトイレから出る。ここに長居したいとは思わない。そのまま教室に戻って席に座り、改めて教室を見渡してみる。
 ……だが、出会って数日の貫太の友好関係を知っている訳ではない。クラスの中を見渡しても、誰が貫太と仲が良いのかサッパリだ。昼休みは飯の後に体育館にバスケをしに行く習慣が仇となってしまった。
 しかし行動しないでおくのもそれはそれでダメだ。仕方が無いので友人に手当りしだいに聞いてみる事にした。

「貫太? あー、あいつとあんま話したことねーな」
「良い人だとは思うけど、昨日のことは知らないなぁ」

 だがこのクラスはまだ出来たばかりだ。貫太と友好関係の無い人物が多い。友好関係があったとしても、昨日の動向を知る人間はいなかった。
 ただ、得られた情報が一つだけある。

「あー、深探君とかどうだろう。この前幼馴染みだって言ってたよ」
「深探君なら知ってるかも」

 貫太は深探観幸という男子生徒と仲が良いという事だ。それも親友のレベルで。そいつに話を聞こうとしていた所で、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
 間に合わなかったことに心の中で舌打ちしつつ、今日の放課後、深探観幸から話を聞くことを頭にインプットしておいた。

 そして時間が過ぎ去り、放課後。
 深探観幸に話を聞きに行く前に、俺は荷物を纏めてから足早に校門へと向かった。昨日とは違い、兄さんは既に待ち合わせ場所にいた。

「何か分かったか」
「ああ、実は──」

 兄さんに今まで起こった事を説明する。兄さんは聞いた後に、考えているように目線を下に向け、顎に手を当てる。

「なるほど。深探観幸か。……共也。そいつが学校から出てきたら教えろ。そいつを視る」

 そう、先にこちらに来たのには訳がある。それは兄さんのハートだ。
 兄さんのハートは《心を視る力》。相手の思考や記憶が文字や写真のような絵になって視界に入ってくるという力だ。触れなければ深層心理は読み取れない、情報を探すのに時間がかかる。等の欠点もあるが。他にも一応、使い方はある。

「……そんなに良いハートじゃない」

 今も、俺がハートの事を考えていたのを読み取ったのだろう。確かに、人の心を読むというのは辛い事なのかもしれない。

「あ、アイツだ兄さん! あの身長の低い男子生徒が深探観幸だ!」

 丁度校門から出てきた深探観幸を指差す。兄さんは即座に目で補足し、じっくりと眺め始める。その間にも俺達は移動し、出来るだけ深探との距離を一定に保つ。

「『深探観幸。年齢16歳。身長150cm。体重39kg。誕生日5月6日。家族構成は両親とペット。住所は』」
「ああ、個人情報は要らねぇから」
「『……自分は探偵である。貫太君の件はおかしい……』」

 そう呟きながらも音声を録音する兄さん。恐らく後で忘れない為にも、メモ書きのように口に出して記録しているのだろう。
 暫く歩いていると、交差点に着いた。深探が止まったので、俺達も止まる。

「『……今日はあそこへ行ってみよう。昨日貫太君があそこに行くと言っていた……』」
「やっぱり何か聞いてたか」
「『……交差点はいつもとは違うこちらに行かなければ……』」

 深探観幸。ビンゴで助かった。こいつが外れていたらどうしようかと思っていたぜ。なんて兄さんの声で読み上げられる深探の思考を聞きながらそう思った。
 矢先の事だった。

「『……ではあそこへ行くために……まずは怪しい尾行をしている二人組を撒こう』、だと!? 不味いぞ共也! アイツ尾行に気が付いている!」
「なにッ!?」

 兄さんが読み上げた瞬間、深探が走り出す。横断歩道を渡りきった後、細い路地裏の中へと入っていった。

「視界内にいなければ思考が読めない……。チッ、やってくれるな。深探観幸」
「急いで追うぞ! 兄さん!」
「いや、俺は先回りしておく。挟み撃ちだ」
「……そういう事か! 分かった!」

 急いで俺も追い掛ける。一方兄さんは俺とは別の方向に走り出した。
 細い路地裏は一本道になっている。隠れるスペースも無ければ物もない。そのためこの先を追えば深探に辿り着けるはずだと思い、奥へ奥へと進む。
 一度曲がった所で、誰かの足が見えた。が、すぐに角を曲がって見えなくなる。間違いない。深探だ。足はそこまで早くないらしい。

「しかしここで分かれ道か!」

 曲がった先には分かれ道があった。右か左か。どちらへ行ったのかは分からないが、取り敢えず気分的に左へと行く。

「頼む……!」

 左の路地へと進み、また角を曲がる。すると視界に飛び込んできたのは、一面の壁、壁、壁。

「クソ! 行き止まりじゃねぇか!」

 振り返って、今の位置と分かれ道の位置をハートの力で繋げる。俺が一歩踏み出すと、そこは分かれ道だった。ロスした時間を短縮出来たことに喜びつつも、再び地面を蹴る。
 そこからは暫く分かれ道は無かった。ずっと走っていると、今度は何か声のようなものが聞こえた。今居る路地を抜けた所、深探の姿が遂に見えた。
 そして深探の前には兄さんがいる。

「……しまったのデス……まさかこんな所で命を落とすハメになるとは……」
「おい待て! 誰もテメーを殺そうなんて思っちゃいねぇさ!」
「では何故尾行していたのデスか! はっきり答えるのデス!」

 その問いには、俺でなく兄さんが答えた。

「俺達は、針音貫太君の行方を追っている。君から話が聞きたい」
「……アナタタチも貫太クンの件を怪しいと睨んでいるのデスか?」
「ああ。そうだ」

 深探は兄さんと視線を合わせて対峙する。ただでさえ目付きが鋭く強面である兄さんと顔を合わせ、オマケに逸らさないどころか逆に合わせている深探に、思わず驚く。小さな体の割には、全く体格差や雰囲気に押されていない。

「……そうデスか。ひとまず信用するのデス」

 話し始めて一分も立たない内に、信用を宣言する深探。思わずどうしてだ? なんて聞いてしまう。

「ここでアナタタチを疑っても仕方ないのデス。何よりボクが探しているのはアナタタチではなく貫太クン及び犯人なのデス。アナタタチを疑ったところで、何が出でくるというのデスか?」
「……中々にクレバーな奴だな。深探観幸」
「……アナタも、その大きな体によらずに知的デスね。そこの不良みたいなのと違って」
「オイ! 誰が不良だテメー!」

 深探は俺の言葉に視線を逸らしつつも、路地から抜ける。俺も後に続き、三人で話し合うような位置関係になる。……深探だけやけに身長が小さいので微妙に話しづらいが。

「そんな事より、ボクはアナタタチに聞きたいことが一つあるのデス。返答してくれたら、ボクの持つ情報を差し上げるのデス」

 俺の事をそんなことなどと片付けた深探は、俺達に探偵が咥えていそうなパイプを向けて言った。

「……言ってみろ」

 兄さんがそう返すと、深探は一度パイプを咥えてから、こう言った。

「アナタタチ──何か不思議な力をもっているのデスか?」

 その言葉に、俺は、いや恐らく兄さんもこう思っただろう。
 ──深探観幸、ただ者ではない。と。


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