複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.12 )
日時: 2018/04/26 19:49
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 神父のような格好の金髪の男。恐らく髪の毛は人工色だろう。顔立ちは東洋人と見て間違いない。
 正直、不味い状況になった。俺は今貫太を背負った状態でこの男と相対している。先ほどの攻撃から、この男が恐らくハート持ちであることは分かるが、詳細が分からない。俺に分かるのは先ほどの攻撃は黒い何かだったことだけだ。

「君、なんて名前なんだい? 私は八取仁太郎という」
「……どうして聞くんだ?」

 男は表情を変えずに、淡々とした、落ち着いた口調で話す。

「君は、自分の秘密を持った人間の事を知らずにはいられるかい? 僕は居られないね。君は僕の秘密を暴いた。だから僕も君の事が知りたいのさ」
「ワリィがテメェに答えてくれる義理はねぇんだよ」

 俺の返答に、小さく笑って自嘲気味に笑う八取。

「随分と私も嫌われたものだなぁ。ま、いいさ。君が今背負っている子は友松兄弟について話してくれた。そして背後にいる彼は君の事を共也と呼んだ。つまり君は友松共也で奥にいるのは友松見也だ」
「……知ってて聞いたのかよ、アンタ」
「何、君の口から聞きたいと思っただけさ。まあそんなことはどうでもいいんだ。僕が君に願う事はただ一つ──」

 瞬間、目を見開いた。
 八取が両手で長い棒を持つかのような姿勢を取った。すると、彼の両手に握られる形で鎌が出現した。それもただの鎌ではない。映画なんかで死神役が持つような、そんな巨大な鎌だ。柄が1.5メートル以上、刃もおおよそ1メートルほどのリーチがある。

「──そこを動くな、ということだけだ」

 八取が踏み込む。その真っ黒な鎌が振り下ろされるのを見て、右に避けた。すると鎌は突き刺さるようにして床に刃をくい込ませた。が、鎌が抜かれると、そこに傷は出来ていなかった。

「その鎌……物理的効力はねぇみてぇだな」
「その通りだ。まだハートの具現化には至らずといった所でね。無論、君を狩る程度なら十二分だがね」

 大鎌は床に刺さらなかった。つまり、あの鎌は実体があるようで無い。アレで物を切る事は不可能だが、逆にアレに切られると何かしら精神的な攻撃をされる、という事だろう。
 再び、大鎌が振るわれた。今度は先ほどのように振り下ろすのではなく横に薙ぐような軌道だ。今度は後ろに跳び、距離を取る。
 今は両手が使えない上に貫太がいる。無茶な回避は出来ないし、かと言って下手に距離を取るのも失策と言えるかもしれない。

「はは! 避けてばかりでは僕は倒せないぞ!」
「もう少ししたらそのニヤケ面を跡形もなく粉砕してやるから黙ってろ!」

 防戦一方の俺を嘲笑う八取。彼が大きくスイングした鎌を、ギリギリの所で避ける。
 この状況、圧倒的に不利だ。俺が背中にいる貫太で両手が塞がっている。しかも相手は武器があり、受け止めるのはNG。全て回避するしかないと考えるとかなり不味い。

「随分とまあ、余裕が無いじゃあないか。しっかり寝ているかい? 顔面がストレスで塗れているよ」
「ストレスの権化はテメーなんだがな! オラァ!」

 鎌を回避した直後に、八取に向かって蹴りを放つ。しかし余り力が乗らず、腕に当たったもののダメージらしきものは入らない。鎌で切られそうになるのですぐに距離を取る。

「君、今とても考えているな? どうすればいい。どうすればこの男を倒せると必死に考え込んでいるな? 動きに迷いしかない。そんな攻撃ではこの状況は打破できない。早く君のハートを使うべきではないかね」
「ハッ! テメーのような三下に使ってやるのは蹴りと拳で十分だっつの! 無理に気ィ使うなよオッサン!」
「ほう? 言うじゃないか。では証明して見せてくれたまえ! 因みに私は二十代だクソガキィ!」

 俺が力を使わない原因。それは今力を使っても大したダメージは与えられないからだ。使うならば、一際油断し、尚且つ確実に仕留められる時。
 などと頭の中で思考を巡らせていると、再び黒い大鎌が横に薙がれる。咄嗟にバックステップを取る。が、何か違和感を覚えた。が、そのまま次の攻撃が来る。
 二、三回ほどその場で回避し、相手が踏み込んで来たのでバックステップ。一定の距離感を意識しつつも、攻撃を回避していく──つもりだった。
 が、次の薙ぎ払いの攻撃で、俺の服に鎌が掠ったのが見えた。おかしい。明らかに一定距離を保ち、尚且つ掠りもしない範囲なのに、掠っている。しかし相手が特段何かしたとは思えない。武器を持つ手の位置も、振り方も、変わったとは思えない。
 つまり、予想できる事と言えば──

「その鎌、大きさを変えられるのか……?」
「おや、バレてしまった、かな。バレないよう、ゆっくりと変えていったのだがね」

 更にリーチが伸びられてはこちらにとっては大迷惑だ。時間ごとにリーチが変わるなんてやり辛いことこの上ない。

「バレないようゆっくりと変えていった、だと? 嘘付くんじゃねぇよ」
「……何故、そう思うのかな」
「ゆっくりなんてまどろっこしい事しなくてもよぉ、横に薙いだ瞬間に2cm伸ばすだけで俺は切られるんだぜ? なのにテメーはそれをしない」

 図星だったのか、面白くなさそうにフンと鼻で笑うような音を出す八取。

「……よし、止めよう」

 何を思ったのか、八取が唐突に、その大鎌を手放した。大気に透けるように、黒い鎌が姿を消す。

「さっきの自信は何処へ消えたんだ?」
「何、君を倒せない訳ではない。だが如何せん労力が掛かる。だからより良い方法を実践するだけさ」

 何やら服の内ポケットを漁る八取。そして、彼は中から一本の瓶を取り出した。
 その瓶はこちらから見ても異質であった。何故なら、中に何とも判別のつかない怪しい青い炎のようなものが入っていたからだ。

「なんだそれ。人魂みてぇだな」
「おやおや……意外と勘が良いね。正しくこれは人魂だ」
「……何だって?」
「君の言う通り、これは人の魂だ。正確に言うならば心だ。では誰のものか。答えは君の背中にある」

 まさか、と思い首を回して貫太を見る。こんなに動き回っているにも関わらず、先程から声の一つも挙げないとは、明らかに異常だ。

「……嘘は付いてないようだな」

 後ろから見ている兄さんの、その言葉に愕然とする。つまり、今俺が背負っている貫太は、抜け殻でしかないという事だ。肝心の心は八取に握られている。

「私のハート、《心を奪う力》はこの鎌で切った人間のハートを奪う力だ。そしてハートを持たない人間が対象となった場合、こういう風に心そのものが切り取れる。そして切り取ったものを戻せるのは私だけ……もうわかるだろう?」

 分かっている。この後八取が何を言うかも、この後自分が何をするべきかも、分かっている。

「次の攻撃を避けるな、友松共也。もしお前が避けたら、お前が私を攻撃する前にこの瓶を地面に投げ付ける」
「……クソが」

 やはりだ。コイツは貫太の魂を人質にして、俺のハートを奪う気だ。あわよくば兄さんのハートも奪うつもりだろう。
 しかしこの時、俺はどうにもコイツを許すことが出来なかった。別に、俺や兄さんがどうこう、という訳では無い。

「おい八取仁太郎……お前は知らないだろうが、貫太は、良い奴なんだ」
「何を急に、そんな事を」

 ああ、コイツにはきっと何を言っても分からないだろう。だから突き付けてやる。

「今日さ、クラスの連中に話を聞いたんだ。貫太の事を。でさ、誰も貫太の事を悪く言わなかったんだ。それどころか良い奴って言葉を沢山聞いたくらいだ」
「それがどうかしたのかね? 君の話に付き合っている暇はない」

 鎌を再び作り出し、俺を切るために横に構える八取。アレに切られれば、もう俺のハートは使えなくなる。だが、そんなことは知ったことではない。

「テメーには分からねぇかも知れねぇ。でもな、貫太は本当に良い奴だ。普段から周りに気遣いして、他人の不幸を悲しんで、他人の幸福を喜んでやれる。出会って数日の俺でも、嫌な顔一つせずに付き合ってくれる……」

 無意識の内に、手を強く握っていた。

「そんな良い奴が……貫太みてぇな良い奴が! テメェのような心底腐り切った野郎に! 食われれちまうのは許せねぇんだよ!」

 瞬間、一歩踏み出した。無論その一歩は俺が八取に近付くには、余りに小さ過ぎる一歩だ。──しかし俺のハートで、踏み出す直前に俺の前の位置と奴の前の位置を繋げた。
 結果、俺は奴の前に瞬間移動したかのように現れた。目の前で八取の目が見開かれるのが分かる。
 コイツは今までで一番油断していた。人質を取ったという圧倒的アドバンテージに加えて、俺が話を続けた事による集中力の途切れ。それらが、コイツを油断へと引きずり込んだ。

「しまっ──」
「喰らいやがれ! このド外道が!」

 そして、その踏み込んだ足を思い切り腰ごと捻り、もう片方の足を思い切り目の前に放った。蹴りは横腹を捉え、八取をそのまま吹き飛ばす。
 赤い絨毯をゴロゴロと転がる野郎を傍目に、落とした貫太の魂が入ったボトルを拾う。幸い、割れてはいなかった。

「……ふう」

 正直、危なかった。相手が油断していなければ、貫太の魂を取り返すことは出来なかっただろう。一度貫太を背中から下ろし、床に寝かせる。

「……バカが! 僕の力が無ければ魂を戻すことは出来ないんだぞ!」

 なんだ、まだ意識があったのか。そう思いつつ音源の方を向く。ふらつきながらも脇腹を抑えて立ち上がる八取は、こちらを指さしていた。

「そうか、なら俺のハートを教えてやるよ」

 俺は魂の入ったボトルを左手に持ち、右手を貫太に当てる。

「《心を繋ぐ力》。それが俺のハートだ」


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