複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.13 )
- 日時: 2018/04/27 16:08
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
心と心を繋ぐ力。それが俺の力であり、具現化することによって物と物や空間と空間などもものまで、なんでも繋げることができる。
そしてその力を使えば──切り分けられた魂と体を繋げることもできる。左手のボトルから魂のようなものが、貫太の中に入って行く。
「……うっ……」
瞬間的に、貫太が呻くような声を、微かにだが上げた。
「……あ……れ……共也、君?」
「おう、正真正銘、友松共也だ」
力なく座り込む貫太を見て、思わず安堵の息が漏れる。
「ふぅ、上手くいって良かったぜ……」
「……反省したぞ」
その声を聞いて、貫太に自分の後ろに隠れるように促す。貫太はまだ体が安定して動かないのか、ゆっくりとした動作で移動し始める。その間に、声の方へと顔を向けた。そして、彼との距離を歩いて詰める。彼との距離がほんの2m程になった。
「どうした。悪行の反省でもしたか?」
だが、彼は全く俺の言葉が聞こえていないかのように、独り言めいた様子で言葉を喋り続ける。その顔は、俯いていて見えない。
「反省した。ああ僕は反省したよ。僕は自分の行動を省みることが出来る人間だ。だから分かるとも」
彼は再び鎌を作り出し、右手でぶら下げるようにして持つ。俯いたまま、言葉を続ける。
「僕が今までどれだけ自分を過大評価していたのか。どれだけ君を過小評価していたのかハッキリ分かる」
彼は顔を上げる。そして自分の左手で拳を作り、それで自分のこめかみを、鬼気迫る表情で殴り付けた。思わず、驚きの声が、自分の口から漏れる。苦痛で彼の顔が歪み始めた頃には、堪らず声に出していた。
「おまっ、何してやがる!」
「何……くそ下らないゴミみたいな勘違いをしていた自分を戒めただけだ……ああそうだ。このクソったれの僕は今まで勘違いをしていた。愚かだ。愚か過ぎる」
自分で自分を本気で殴る事はできない。と何処ぞの誰かが言っていた気はしたが、彼の自らへの拳は間違いなく本気のものだった。事実、彼は現在こめかみを抑えて軽くだがフラ付いている。
「だから僕は変わる。反省した。反省したからには生かさねばならない。これから僕は、君を全力で打ち倒す。神に誓おう。もう僕は油断しない」
なんて精神力だ。そう思わざるを得なかった。同時に、何が彼をここまでさせているのかも、俺には分からなかった。
「そして僕は考えた。どうやったら君を倒せるか。そして分かった。今の僕では君には勝てない」
「ハッ、分かってんじゃねぇか。だったらさっさと」
俺の言葉を遮って、彼は言う。
「だから奪う」
瞬間、彼がぶら下げていた大鎌を持ち上げる。それの様子に、思わず一歩、後退する。
それの長さは間違いなく10m以上あった。教会の天井が高いからつかないようなものの、一般住宅なら軽く2回まで貫いてしまうのではないか。そう思える程のサイズだった。
そしてそれが、先程と同じようなスピードで振り下ろされる。物理的作用が無いために、そもそも重さという概念があの黒い鎌には存在していないのだろう。
柄が長すぎるせいか、その刃が向かう先は近くにいる俺ではなかった。それは俺の数m背後に向かう。つまり、
「貫太! 避けろ!」
そう、まだそこには貫太が居た。未だに意識が曖昧なのか、俺の言葉に反応はしているものの、その大鎌の存在には気が付いていない。
大鎌が、床に到達した。それは、肩を抉るようにして人に刺さっている様にも見える。最も、物理的な効力はないため、傷は付いていないはずだが。
「……え?」
貫太の意識が漸くハッキリしたのか、訳が分からないと言いたげな声を漏らす。俺だって分からない。
「貫太君、大丈夫か」
そこには兄さんがいた。兄さんが、貫太を持ち上げて強制的に刃の着弾地点から逸らしていた。おかげで、貫太はその鎌の餌食にはなっていなかった。
「け、見也さん……」
「心配するな」
貫太が震える声で兄さんの肩を指差す。それに対し、兄さんは安心させるかのように平然とした声で言う。
──肩に大鎌が刺さっているにも関わらず。
「擦り傷だ」
その強がりが、逆にその光景の痛々しさを際立たせた。
○
僕は目覚めてから、余り意識がハッキリとしていなかった。
だから、唐突に共也君から何か言われても、その意味を理解することはできなかった。そして意味もわからないまま、走って来た見也さんに突き飛ばされ、今に至る。
ただ分かるのは、見也さんの肩にくい込んでいるのは、僕があの時切られた鎌と同じものであること。そして、見也さんは僕を庇って切られたということだけ。
「擦り傷だ」
擦り傷な筈がない。そう言おうとした所で、見也さんの身体から鎌が引き抜かれる。傷という傷は全く無かった。
しかし、見也さんのちょうど切られた辺りから、何か青い炎のようなものが溢れ出る。それが完全に抜け切ったかと思えば、途端に見也さんは力が抜けたように膝を付いた。青い炎はと言うと、八取さんの鎌へと吸われるように入り込んでいく。
「予定通りだ。そうすると予想していたよ友松見也。そして君の今奪ったハートから察するに、君は僕のこの思考に気が付いていたはずだ。だが君はそれに乗ってこの少年を助けた。……フフフ、バカな事をするじゃあないか。聞いた話によれば、君が一番厄介だと思っていたがそうでもないらしい」
「……俺のハートなんざくれてやる」
正直、2人が何を話しているかサッパリ分からなかった。ハート、という単語は以前耳にしたことがあるが、それでも分からない。
「兄さん!」
「こっちを気にするな共也! お前までハートを奪われたらいよいよ勝ち目が無くなる!」
険しい顔付きでやり取りをする2人。どうやら、かなりのピンチらしい。だけど僕には……どうすることも出来ない。ただここで、見ている事しか出来ない。
「フフフ……なるほど、《心を視る力》か。中々便利なハートを持っているじゃあないか。んん? 友松共也、君の考えている事を言ってやろうか? 君は今、能力で距離を詰めてから殴りを繰り返すつもりだな? 君の力の前で多少の距離は無意味、か。なるほど、実に厄介な力だ」
「テメェ……」
「おやおや? そう怒るなよ。手に取るように君の怒りが分かるぞ?」
その笑いながらの話し方こそ砕けているが、その目に一片の油断も見せない八取さん。いざとなればすぐさま共也君を切り裂く為に鎌を振るうつもりだろう。
「……許さねぇ」
こちらからは、共也君の表情は見えなかった。声音は、どうしようもない怒りが、滲み出ていた。
その言葉で、火蓋が切って落とされる。先に仕掛けたのは共也君だ。不思議な力を使い、八取さんとの距離を一気に詰める。以前にも見た瞬間移動だ。そして、拳を突き出す。しかし分かっているかのように余裕のある動作で躱す八取さん。
「あ、あの動きは……!」
見也さんのものだ。見也さんが不審者に襲われた時、初手の攻撃をあんな風に躱した。間違いない。でもどうして八取さんがそんな動作が出来たのかは分からない。
「もう、お前の攻撃は当たらない」
「んなモン知るか! 意地でも当ててやるっつーの!」
独り言のように言葉を流しつつも、鎌を振るう。一方共也君はしゃがみ込み、そのまま片手を付いて瞬発的に右足を繰り出した。が、八取さんはジャンプして回避。そのまましゃがんでいる共也君に向けて鎌を振り下ろす。共也君は横に飛んで回避。しかし振り下ろされる鎌が軌道を変えた。その着地地点は共也君の首。
その姿勢からの回避は絶望的だったが、共也君は拳を虚空に突き出す。見れば、突き出された腕の肘から先が消えていた。そしてその代わりに、八取さんの前に肘から先が姿を現し、一直線に鳩尾へと向かう。が、またも八取さんが直前で回避。拳は空を殴るが、バックステップを取ったことにより若干起動がズレ、鎌が共也君の首のすぐ横に突き立つ。
「中々粘るじゃあないか」
「くっ……!」
明らかに、共也君の方が分が悪い。恐らくあの避け方の必死さを見るに、当たれば一発で共也君の負けらしい。
「だがそれももうすぐ終わりだ!」
共也君が体制を立て直すと、再び2人は激突する。お互いに一撃も相手に打ち込めないまま、戦闘は激化して行く。しかし、共也君の方がどんどん追い詰められていくような気がした。
僕は何をしているんだ。そう考えていた。
僕はただここで傍観しているだけ。何も出来ないんじゃない。何もしないんだ。胸が酷く痛い。自分の惨めさが嫌になる。
あの日もそうだった。共也君がガラの悪い連中に絡まれていた時、僕は声の一つも上げることなく、傍観していただけだった。
不思議と胸が熱くなるのを感じた。なんだこれ、なんでこんなに熱いんだ。痛い。段々と胸を締め付けられる痛みが熱のような熱さに変わっていく。
「ほらほらどうした! もう抵抗すらしていないじゃあないか!」
「うる……せえ……!」
その会話に意識が引き戻される。その時、共也君の動きが鈍くなっているのが分かった。疲れが目に見える。
再び、鎌が横に薙がれる。余裕無く躱した共也君。その時、運は共也君の敵になった。
共也君が踏んだ絨毯の淵が、ズルりと捲れた。そして、そのまま足を取られる。共也君が、転倒した。致命的なミス。そして、それを見逃す八取さんではない。
「君のハートを寄越せ! 友松共也!」
共也君の鳩尾を踏みつける八取さん。共也君が空気を不自然な声と共に吐いた。アレでは回避もできない。
そして、鎌が遂に、共也君に、振り下ろされた。
共也君から溢れ出た青い炎が、黒い鎌に吸われていく。
そして八取さんは、もう一度鎌を上に構えた。
「フフフ、ハハハ! これで君はハート持ちではなくなった! だが君の執念は厄介だ! ここで魂も刈り取ってやる!」
「この野郎っ……!」
共也君が踏み付ける足を殴るが、力が無い。あの姿勢から殴るのでは、大したダメージは与えられないのだろう。
これで、共也君の魂が刈り取られたら、どうなるんだ? 想像さえ付かなかった。
ただ、間違いなく、僕は友達を失う。
それだけは、どうしても、嫌だった。
不意に、先程まで忘れていた胸の熱が再び湧き上がる。
「やめろ……」
その言葉が、無意識の内に出ていた。
「止めろ……!」
また、言葉が出た。胸が熱くなるのに比例して、その言葉が強くなる。
「止めろぉぉぉぉぉ!」
身体中の力を全て使って、その言葉を絞り出した。失いたくない。嫌だ嫌だ。ただその一心で、全ての力を吐き出した。
────不意に、胸から熱が取れるのを感じた。
そして、鎌が、振り下ろされる。
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