複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.14 )
- 日時: 2018/04/27 21:21
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
振り下ろされた鎌は、共也君を外していた。
「何故だ……」
八取さんが、有り得ないといった表情を浮かべ、2、3歩蹌踉めく。その手から鎌がこぼれ落ち、虚空に消える。
彼は訳が分からないと言った様子で辺りを見渡す。そして、すぐに気が付いた。
自分のちょうど心臓の辺りに、ナイフが突き立っている事に。
「な、なんだこれはッ!」
慌ててナイフを抜こうとする八取さん。しかし、ナイフはするりとすり抜けた。つまり、あの鎌と同じように、物理的な作用のない霊体のようなものなのだろう。
「これは友松兄弟の力ではない……! 誰が! 誰がこのナイフを私に突き刺した!」
そして、八取さんと目が合う。
「君か……! 針音貫太……!」
どうやら、そういうことらしい。
僕も最初は何が何だか分からなかった。ただ、僕の胸の熱が、ナイフとなって外に出てきたのは分かる。そしてそのナイフの刃には、『止めろ』の三文字が刻まれていた。
そしてそれは、一直線に八取さんへと向かい、彼の心臓の辺りに刺さった。
「僕はさっき、変な感覚を覚えた! ああ確かに覚えた! この鎌で友松共也の首を切ってしまうのは不味い。切ってしまいたくない。切ってしまうのは嫌だ。切りたくない。そんな覚えもない感情共が勝手に入って来たんだ! それは君の仕業か! 答えろ針音貫太!」
恐らく、あのナイフは僕の心そのものだ。僕の感情が、八取さんの心に流れ込んだのだ。
「僕には分からない。心を読める貴方には分かるはずだ」
「……クソッ! こんな奴に……!」
どうして僕の心があんな形になって飛んでいったのかは分からない。ただ、一つ分かることがある。それは、
「所で、こっち向いてていいんですか?」
しまった、と言わんばかりに顔を歪めた頃には、もう遅い。
「……隙だらけだなぁ!」
八取さんが慌てて視線を戻すと、既に共也君は立ち上がり、顔面に目掛けて拳を振るっていた。ダイレクトに頬を撃ち抜く拳。
「クソ! しつこい奴だ!」
再び八取さんが鎌を作り出し、共也君に目掛けてそれを振る
「しつこいのが、共也だけだと思うなよ」
直前で、見也さんが八取さんを背後から羽交い締めにした。結果、鎌を上手く振るう事ができない八取さん。体格差的にも、拘束を振りほどくことは殆ど不可能と見て間違いない。
「まさか……椅子に隠れながら僕の背後に回ったのかッ……!」
「その通りだ。お陰で、ホコリだらけの教会の床をほふく前進する事になったがな」
「くっ……!」
共也君が再び拳を構えて、言う。
「さて、俺達のハートを返して貰おうか?」
○
軽く昏倒状態に入るまで殴られた八取さんは、そのまま絨毯の上に寝かせられた。きっといつか目を覚ますだろう。
僕達はと言うと、教会の地下室に来ている。と、言うのも、2人の目的は僕だけではないらしい。確か、行方不明者の捜索と言っていたが。
階段を下った先には、薄暗い空間があった。ヒンヤリとした空気が肌を撫でる。幾つかドアがあり、順に見ていく。
一番左のドアを開ける。すると、そこには四つほど棺桶があった。
「……ちょうど、人数分あるな」
そう呟いた見也さんが、棺桶の蓋をずらす。そこには、ちょうど目を閉じた人の顔があった。横には、青い炎の入った瓶が置かれている。
「ビンゴ。魂と身体だ。共也」
「まかせろ」
共也君が瓶と身体に触れると、瓶の中身が身体に入っていった。しかし、何の反応も無い。
「やはり貫太君のように比較的短時間ならとにかく、長時間魂が切り分けられているとすぐに起きるのは難しいようだな」
そう呟きつつも、他の棺桶も開けていき、そこにいる人とその魂を繋げていく。棺桶の数だけ繰り返したところで、見也さんがポケットからメモを取り出す。
「……いずれも一連の行方不明者だ」
「じゃあ今回の事件はこれで解決だ。いやー疲れた疲れた」
「まだ仕事は残っているぞ」
体を伸ばす共也君を戒めるように言う見也さん。しかし、彼の顔にはいつもの覇気が感じられなかった。
その部屋を出て、もう一つの部屋に入ろうとする。しかし、鍵が掛かっていたのか、何回か開けようとしても、開かない。
「……仕方ないな。おい共也」
「へいへいっと」
そして2人が、慣れた様子でドアに突撃する。幸い一発でドアが開いた。これはドアが脆いのではなく2人が強いのだろう。
中の部屋は、様々な器具が置いてあった。ただ、用途はイマイチ分からない。
部屋の中には、もうそれだけしかないのかと思っていた矢先のことである。部屋の隅に、ベットがあることに気が付いた。
「……あれ、ベットかな?」
「……ホントだ。案外、野郎のプライベートルームかもな」
そう言って、そのベットに近付いた所で、ふと違和感を覚えた。何故なら、そのベットにはタオルケットが掛けられており、そのタオルケットには僅かな膨らみがあったからだ。
まさかと思い、近付く。近くにあった証明のスイッチを捻ると、周囲が少しだけ照らされる。そして分かった。ベットでは、誰かが横になっていることに。
「女の子だ……」
綺麗な顔と髪の女の子が、瞳を閉じてそこに佇んでいた。
「……魂のボトルが無いな」
ホントだ。前の部屋では棺桶の中に入っていたのに、このベットには置かれていない。
「おいおい君達、レディの部屋に無理矢理入るとは節操は無いのかい?」
その声に、咄嗟に背後を振り向く。2人も同じような反応を示した。僕を含めて合計3人の視線が注がれた八取さんはというと、黙って両手を上げた。
「降参だ。僕は今、君達の慈悲で生きている。それを踏み躙るほど僕はクズじゃない」
そんな彼は僕達を押しのけて、女の子の近くまで行って跪く。そして、彼女の手を握って、静かに彼女を見つめていた。先ほどとは打って変わって、優しい印象を受ける。
「僕の妹さ。名前は八取千晴(はっとり/ちはる)という。……綺麗だろう?」
「オイ、さっさと魂のボトルを渡せ。その女の子が目覚めねぇだろうが」
共也君がそう言うと、彼は深いため息を付いた。
深い、深いため息を。
「僕の生き甲斐は千晴だけだった」
「……何が言いてぇんだよ」
「僕は千晴の為に生きていた」
「……おい!」
うわ言のように言葉を並べる八取さんにしびれを切らした共也君が、彼の胸ぐらを持ち上げる。
「さっさと魂を出せ! テメェの力だろうが!」
「……そうなら何億倍良かっただろうね」
その言葉に、共也君が思わず小さく、は? と言う。神父服を直した八取さんは、悲しげな瞳を浮かべていた。
「……僕の妹、千晴は数ヶ月前から意識不明だ。千晴に持病は無いし、生まれつき体が弱い訳でもない。僕が魂を取った訳でもない」
そして、八取さんはそこで深呼吸した。よほど、無理をしているのだろうか、先程から彼の汗の量が尋常ではない。
「僕の妹は……千晴は……心を殺されたんだ」
その発言に、思わず2人は声を上げる。
「心を殺された……だと!?」
「ああ。そうだ。千晴は心を殺された。《心を殺す力》を持ったハート持ちにね」
「《心を殺す力》だと? そんなハート、聞いたことがないな」
深く、深くため息をついてから、八取さんは話し出す。
「今ここにいる千晴の心は死んでいる。でも、確実に死んでいる訳じゃあないんだ。仮死状態なだけで、打開策はあるはずなんだ」
八取さんの目は悲しげだった。
しかし、同時に強い決意のようなものを秘めていることも分かる。
「僕はね、千晴を取り戻す為のハートを探していた。千晴を仮死状態から回復させるような、この呪縛から解放できるような、そんなハートをね」
「……お前が攫ったのは全員ハート持ちでは無かったがな」
「だが結果として君たち2人のようなハート持ちが現れた。……最も、負けてしまっては意味は無いのだがね」
一呼吸を置く八取さん。何処か、その一呼吸が余りに重い。
「君達、僕はね、千晴を生き返らせる為なら何だってやる。この子にもう一度世界を見せる為なら、この命だってくれてやるさ。何億人だろうが殺してみせる」
その言葉には薄っぺらさなど微塵も無かった。きっと彼は、自分なりの正義を貫いているのだろう。だからあんなにハッキリ堂々と語れるのだろう。
「……だったら! お前はなんで助けを求めなかったんだ!」
共也君が、声を荒らげる。
「テメェはただ妹を救いたかっただけなんだろうが! ならなんで俺達は争ったんだ! 俺達が教会に来た時、テメーは俺達に事情を話すことさえ出来なかったのかよ!」
「……もしあの時、僕が助けを求めたら、君は応じたのかい? ……そんな訳が」
「口を挟むようで悪いが、共也は本気でそう思っていやがる」
その言葉に、八取さんの表情が驚きに変わる。
「……でも、もう遅い。私は君たちに、取り返しのつかない事を」
「遅くなんかねぇ。これから探せばいいんだ。妹さんは絶対助けようぜ。俺達も協力する」
「やれやれ……事件は終わらないな」
八取さんの肩を手に乗せて、励ますように言葉を掛けるのは共也君だ。横では見也さんが嬉しそうにため息を付いている。
「……一つ、聞かせて貰えないだろうか」
「お、どうした?」
「君は、どうして、僕を助けてくれるんだい?」
「簡単な話だっつーの」
共也君が、八取さんに指を指す。
「それが、俺の正義だからだ」
「……ありがとう。それ以外、なんと言えばいいだろうか」
八取さんの顔に、笑みが零れた。さっきみたいな歪んだ笑みではない。これ以上無い、清々しい笑みだった。
「さて、取り敢えず今後どうするかを決めなきゃな」
そうやって共也君が呟いたところで、ふと、八取さんの顔が急に強ばった。
「友松共也ぁッ!」
何故? と思ったところで、唐突に共也君に向かって突撃する。まさか裏切ったのか!? あの状態から!?
八取さんは共也君を突き飛ばす。ベットの隅に背中を打ち付ける共也君が苦痛の声を漏らす。見也さんが応じて戦闘態勢に入る。
そして八取さんの方を再度確認して──唖然とした。
「八取ぃッ! テメェ…………」
「あら、外れてしまいましたねぇ……」
クスクスと、笑い声のようなものが部屋に響く。女性の声だ。
「君は……ッ! あの時の……ッ!」
「でもまぁ──」
そして女性は、その八取さんの腹部を貫く刀を思い切り横にスライドさせた。
「ネズミが駆除できたので良しとしましょうか」
八取さんが倒れるのを、僕らはただ、唖然として見ているだけだった。
次話>>15 前話>>13