複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.15 )
- 日時: 2018/04/28 17:41
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「テ、テメェ!」
共也君がその場で拳を放つ。肘から先が八取さんを刀で刺した人物の前に現れ、一直線に鳩尾へと向かう。その人物はすぐに後ろに下がって拳を躱すと、またクスクスと笑い出す。
「随分お疲れのようですねぇ?」
女性は黒いローブのものを羽織っていて、大まかな体の形しかわからない。声が無ければ、女性と判別することも出来なかっただろう。
「心配すんなよ。このくらい余裕だっつーの」
「あらあら、それは逞しい事」
緊迫した空気が一気に広がる中、見也さんは倒れた八取さんに駆け寄る。僕もそれにつられて行く。
「しっかりしろ! 奴は何者だ!」
八取さんは正しく今にも死にそうな表情を浮かべながら、相手を震える指で指す。その手は安定というものを知らないのか、徐々に定まらなくなっていく。
「あ……い……つ……が、ち……はる……を……」
「まさか、奴が《心を殺す力》のハート持ちか!」
そうやっていると、共也君が横から檄を飛ばす。
「兄さん! そんなまどろっこしい事してねぇで記憶を読め! その位置なら触れれるだろうが!」
よくわからないが、見也さんには人の心を読む力があるようだ。そして、触れることで更に詳しく読み取れるのだろう。僕の推測だが。
だが見也さんの表情は険しいままだ。
「できない」
「なんだって!?」
「出来ないと言った! 八取仁太郎の心は既に見えない! 俺のハートの適応範囲は生きている心だ! つまり八取の心は殺されている!」
その言葉に、またクスクスと笑う女性。そして、ニタニタとした口調で言葉を発する。
「そのネズミが言ったんでしょうか……ほんと、最初から最後までちっちゃな害虫みたいな人でしたねぇ、ネズミさん?」
「オラァっ!」
共也君がまたも瞬間移動で距離を詰め、その拳を振るう。が、その女性の手にはいつの間にか刀が握られており、拳を刀で受ける。
「じ、実体がある! この刀、ハートの力の癖に実体があるのか!」
「いや違う共也! 八取仁太郎の身体に傷はない! つまりそいつはハートの具現化ができるタイプのハート持ちだ! 気を付けろ……そいつの具現化は何か不味い!」
女性は共也君の拳を弾くと、ひらりと後ろに跳び、距離を大きく取る。
「まあ今回はネズミを駆除するのが目的ですし……見逃してあげましょう」
「テメェ! さっきからネズミネズミ言いやがって! コイツには八取仁太郎っつー名前があるだろうが!」
共也君のその言葉に、女性は一瞬停止して、こう言った。
「テメーは家に出てきたネズミ共に名前を付けんのかよ」
その声音に、思わず心が冷えた。寒くなって、自分の体を抱く。他の2人も、同じような感覚があったのか顔を顰めている。
女性はその氷のようなオーラから一転、また先程のような柔らかい雰囲気に戻る。
「それでは、ごきげんよう」
「ま、待ちやがれ!」
そのまま、彼女は二、三回跳んで地下室から出ていってしまう。が、共也君はそれを見るなり追い掛けるのではなく、八取さんの方にかけていく。
「おい八取! アイツの名前はなんだ! おい!」
「……がッ、あがぁッ……」
だが八取さんは答えない。いや、答えられないのだろう。見る見るうちに衰弱していくのがわかる。
「おい! なぁ!」
共也君が、必死で呼びかけながら胸を叩く。その衝撃にたたき起こされたように、八取さんの瞳が一瞬だけハッキリと輝いた。
「む……か……わ……」
「むかわ!? それが奴の名前か!」
だが、それでも一瞬だけだった。
遂には、八取さんは、その瞼を下ろしてしまった。
だが、共也君は彼の胸ぐらを掴んで無理矢理起こす。当然、瞼は閉じたままだ。
「おい! 目を覚ませ! 一緒にテメーの妹助けるんだろ! 力合わせて救うって決めたんだろ! なぁ! 兄のお前がやらないで誰がやるんだよ! 答えろよ八取!」
その光景を見ていられなくて、気がついたら声を出していた。
「もう止めてよ共也君! 八取さんは! 八取さんはもう……!」
「うるせぇよ貫太! 八取は! 八取は妹を救わなきゃならないんだ! じゃなきゃ……コイツの心はいつまで経っても救われねぇじゃねぇか! 起きろよ! 八取!」
だが、もう八取さんは目を開けることは無かった。代わりに、その目から一粒、水の玉が落ちた。
○
「それで、事件は解決シタ……とは言えないのデスか」
「……ああ」
何故か教会の外で待っていた観幸の問いに、力無く答える共也君。
見也さんは教会に残って後処理をすると言っていた。多分、誘拐された人達などを運ぶのに人を呼ぶのだろう。
「てか、なんでいるんだよ、観幸」
「フッ、事件ある所にボクは居るのデス」
「何カッコ付けてんだか」
軽口を飛ばし合うが、すぐに途切れてしまう。と、言うのは、僕らの間にトボトボと無言で歩く共也君の存在がチラつくからだ。
「きょ、共也君……」
「……ワリィ、なんか今、力出ねーんだわ」
そう言って、無理矢理笑顔を作ってみせる共也君。逆に痛々しすぎるほど眩しいそれが、胸の中でチクリと棘を指す。
「……ところでさ、共也君」
「……なんだ?」
僕は前からずっと聞こうと思っていた事を、今この場で聞くことにした。
「ハートって、何?」
共也君がそういえば、と言わんばかりの表情でこちらを見る。
「言ってなかったか?」
「聞いてないんだけど。目の前で知らない単語が飛び交ってて、仲間外れな気分だったよ?」
「スマン、まずハートって言うのはだな……」
そう言って言葉の説明をする共也君の表情が、少しだけいつものものに戻っていて、僕は少しだけ安堵した。
○
夜。
滞在中のアパートの一室で、俺は携帯電話を操作していた。無論、連絡を取る為である。
『もしもし』
「友松見也だ。報告がある」
俺は電話の相手に、今回の事件について、犯人がハート持ちだった事について、《心を殺す力》を持っている者がいる事についてを話した。
「──。そうだ。ああ。それで頼む」
そして電話を切ろうかと提案しようとした時、一つの事が頭に過ぎった。そうだ、忘れてはいけない事が一つ、あった。
「それから、もう一つある」
頭の中で彼の事を思い出しつつも、言葉を繋ぐ。
「短い期間に何度も能力の影響を受けた事。しかも弱いものではなく強いものに、だ。それから本人の素質もあったのだろう。そして、感情の昂り。これらが主な要因で、新しくハートを発現させた者がいる。名前は──」
彼は何かと不幸体質ではあったが、まさかこちら側の素質があったとは、正直思いもしなかった。
「針音貫太という」
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