複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.16 )
- 日時: 2018/04/30 11:47
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。
ゆっくりと上体を起こしてから、目覚まし時計のスイッチをOFFにして、目を擦る。いつも通りの朝だ。今日も僕の、針音貫太の平凡な一日が始まる。
結論から言うと、事件は今も続いている。もうアレから5日間も経っているが、未だに犯人のはの字も見つかっていない。
分かることは犯人が女性であること。そして『むかわ』という読み方の名字、または名前であるということ。しかしそれ以外は何も分かっていない。身長や体格はローブで体が隠れていたせいで分かりづらかった。
見也さんは調査を続けているらしいが、どうにも進まないらしい。まだまだ絞込みには時間がかかるようだ。
ふと、その旨の連絡を受けた時、見也さんに言われた言葉を思い出す。
『貫太君、君にはハートが宿っている』
曰く、僕にはハートと呼ばれる不思議な力が発現したらしい。
もちろん、そんな事言われても、実感が湧かない。思い返してみれば、あの時八取さんの胸に刺さっていたナイフ。アレは僕から飛んでいったものだった。確かに、僕はあの時、不思議な力を使っていた。
でも、だからと言って、急に自分が不思議な力を使えるようになった。なんて、唐突過ぎて分からない。第一、あの日以来僕はハートの力が出せずにいる。結局の所、僕は何も変わっていないのだ。
『まあそう気にすんなよ貫太。オメーにはハートが無くっても、その心はピカイチだからよ』
そう共也君は言ってくれたが、如何せん自分の中にあるのに出せない事が、どうにももどかしく感じる。
「……はぁ」
深い溜息を付いて、僕は課題の為に机に向かった。
いつも通りの時刻に家から出る。暫く道を歩けば、共也君がちょうど滝水公園の辺りで立っていた。駆け寄って声を掛ける。
「おはよー。どうしたの? こんなところで」
「おう。貫太、アレ見てみろよ」
共也君が指差すのは道路を挟んで向かい側の方だった。そちらには、男子生徒が数人と女子生徒一人が談笑しながら歩いている。男子生徒の方は少なくとも5人以上は居た。朝の登校風景としては、異常な気がする。
「愛泥さん! 荷物持ちますよ!」
「愛泥さん! 今日も髪、綺麗ですね!」
男子生徒の発言は、こう、まるで女王に媚を売る側近みたいだ。相手より下手に出て、気に入られようとしている感じが滲み出ている。
一方女子生徒は柔らかな笑みを浮かべて言葉を返している。男子生徒の声が騒がしいのでこちらからはあまり聞こえない。
「あの人が愛泥さんかぁ……」
愛泥隣。観幸から聞いた話だと超絶美人だとかなんだとか。ここから見た限り、髪が黒くて長い事しか分からない。詳しい事は近づかないことには分からないだろう。
「なんだ貫太。知ってんのか?」
「うん、この前観幸が言ってた」
「へぇ、アイツ意外なトコあんだなー」
それは少し違うのだが、訂正するのが面倒だった事もあり流しておく。若干胸が痛むが、気にしない。
「にしても、ありゃちと気味がワリィっつーかよ、なんか盲目的だなー。愛泥の方もちょっとばかり遊んでるだけみてーな雰囲気だぜ」
「そうかな……」
容赦の無い共也君の言い方に苦笑いしつつも、僕達は横断歩道を渡る。
その時、一瞬だが、何か高い音がした。まるで、金属と金属がぶつかるような、そんな音が耳に入った。
「共也君、今なんかキンッて音がしなかった?」
「気のせいじゃねぇか?」
「そっか。ごめんね。変な事言って」
聞き違いだと切り捨て、僕達は学校へと向かった。
教室に入って自分の席に向かうと、既に観幸がいた。
「おはよう、観幸」
「おはようなのデス……ふむ」
「なんだよ、そんなジロジロ見て」
「……何かありまシタ?」
なんでコイツはこんなに鋭いんだと頭の中で思いつつも、目を逸らして何でもないと答える。目を逸らしたのは少しまずかったかもしれない。
「……まぁいいのデス。何かと疲れていそうデスし」
「……ありがとう、なのかな」
ほっと安堵の息を吐く。正直、観幸はハート持ちなんじゃないかと思い始めた。若しかしたら発現しているんじゃないだろうか。
「ボクはハート持ちでは無いのデス」
「なんで分かるんだよ!」
「あのデスね。ボクは不思議な力を使いたい訳では無いのデスよ? ボクはそれを追い掛けて暴きたいだけなのデス」
「……観幸とは結構長い付き合いだけど、ほんとまだまだ知らないことだらけだ……」
「フフッ、探偵というものはミステリアスなものなのデス」
そう言ってポケットから空っぽのパイプを口に咥える観幸。
「ミステリーを追う探偵がミステリアスなの?」
「ハンムラビ法典というものをご存知で?」
「ミステリーにミステリーで対抗してどうするんだよ」
友人に半分呆れつつも、課題を提出しに行く。課題の提出は、廊下のロッカーの上だ。……別に意図してダジャレを言った訳では無い。
「すみません……針音貫太君、ですか?」
「え? 僕に何か用で──」
一瞬、目を疑った。
何故なら、僕に声を掛けたのは、
「すみません……少し、良いですか?」
愛泥隣さんだったからだ。
思わず、押し黙ってしまう。近くで見ると、彼女の顔立ちは超級とまでは行かないが、結構整っている事が分かった。身長は僕よりも少し高い程度。
「は、はい、えっと……どうしました?」
「すみません……どうか何も言わずに付いてきて下さい。お願いします……」
そう懸命に言うものだから、ついつい了承してしまう。こうやって意味不明な頼みでも受けてしまうのが僕の悪い癖なのだろう。
何か視線を感じた。チラリと教室の方を覗くと、共也君と観幸がこちらを向いて何か驚きながら喋っている。クソ、君たちいつから仲良くなったんだ! そして助けて!
そんな僕の切実な願いが通じたのか、共也君はこちらに拳を突き出し、親指が上に来るように回転させ、親指をこれでもかという程上げて、口パクでこう言った。
『良かったな。頑張れよ』
どうしよう。共也君の思いやりに涙が止まらないよ。そして観幸。さり気なくルーペをこちらに向けてニヤニヤするな。
「こっちです……」
そう言っている間にも、愛泥さんは歩いていってしまう。後で友人達になんと言ってやろうか考えつつ、僕はその後を追った。
暫く歩いたところで、人気の無い体育館裏へと付く。なんか、こう、変な期待をしてしまう場だ。
いけないと雑念を振り払おうと頭を振る。大体、なんだって僕をこんな所に呼び出したんだ。最近、僕は少し忙し過ぎるぞ。なんて頭の中で考えていたら、愛泥さんが僕の名前を呼んだ。
それは、真剣な声で。
「貫太さん」
「……どうしたの?」
愛泥さんは、頭を勢い良く下げたかと思えば、少し恥じらいを含めた声でこう言った。
「わ、私の男役をやって下さい!」
……………………男役。
「………………………………え?」
発言の意味が分からずに、僕はただただ、困惑するだけだった。
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