複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.17 )
- 日時: 2018/04/30 11:49
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
場に、痛いほどの沈黙が、充満する。
きっと間抜け面をしている僕を見て、慌てたように「あっ」とか「その……」などと言う愛泥さん。いや正直言って訳が分からない。
「あの……」
「は、はいっ!」
そんなに驚いたような顔で反応しないで欲しい。まるで僕が不審者みたいじゃないか。そう考えるとつい先日の事件を思い出してしまう。……嫌だなぁ、不審者。
「男役って……なんです……か?」
驚きのあまり口が回らない。いやほんとに男役ってなんだ男役って。愛泥さんは演劇部で男役の代打をして欲しいとかそういう事か。いやそれだと身長の低……控えめな僕を選ぶ理由が分からない。
「あの……信じて貰えないかも知れないんですけど……良いですか?」
「いや……なんかもう、多分大体なら信じられるよ」
何だか緊張して言葉が出てこない。愛泥さんは僕の方をチラチラ窺いつつ、顔を逸らしながら話す。なんだその動作。
「男役っていうのは、その……私の……彼……役……で」
「え? なんて?」
頼むからちゃんと発言して欲しい。全く後半部分が聞こえなかった。
愛泥さんの態度がやけに不自然に思えてくる。朝は慣れたように男子生徒と登校していたのに、今はこんなに挙動不審だ。それだけ何か、不味いお願いなのだろうか。だとすれば……想像しただけでも恐ろしい。
「私の彼氏役を……お願いしたいなって……」
「いやいやいやいやいや待って待とうよ愛泥さん一から十までちゃんと説明しなきゃまるで告白みたいになってるからね!?」
ついつい早口になってしまう。なんなんだこの空気……これはある意味最大のピンチだぞ僕……。
「オホン……では説明を……」
○
「で、結局どうなったのデスか?」
「貫太……お前案外隅に置けない奴だな……」
「ニヤニヤしながらこっちにルーペを向けないでよ。共也君も酷いよ」
昼休み。観幸と共也君と3人で昼食を摂っている。……僕がほかの所で食べようとしたら共也君にハートで追い付かれた。学校でハートを乱用するなと言いたいが、知らない人だらけのここでそんな発言をするわけにもいかず、黙るしかない僕。許さない……!
「ええい! さっさと答えるのデス!」
「取り調べは警察の仕事だよ? 探偵の仕事じゃないんだよ?」
「時には強情な証人や関係人物の口を割らねばならぬ時もあるのデス」
「どうやって?」
「フィジクス、デス」
「物理じゃないか!」
いつもの頭脳は何処に行ったんだ頭脳は。自ら知性派を主張しておきながら、説得は物理に頼るとか矛盾にも程があるぞコイツ……。
「で、結局のところ何があったんだよ」
「…………」
もちろん何も無かった訳ではない。ただ、愛泥さんから他言はしないでと言われたら言えない。
愛泥さん曰く、三年生の藤倉雄(ふじくら/ゆう)先輩に『オレの女になれ』のような旨の発言をされたらしい。当然嫌なので、僕に彼氏役として振る舞って欲しい。そうすれば藤倉先輩も諦めるだろう……との事だ。もちろんフリである。フリである。僕は悲しい。
なんだか作り話のようだが、実際に僕の周囲では作り話のような話が幾つもある。事実は小説より奇なり、とかなんとかいう言葉があるくらいだ。僕は彼女を信じて了承してしまった。……ほんとに、断れない癖は直した方が良いんじゃないかと思えてきた。
「……実はさ、告白されたんだ」
そして、この言葉を他の人に伝えるように言われた。何故断らなかったと数時間前の僕を殴ってやりたい。何これ。なんかカッコつけて「俺○○から告白された」とか言ってカッコつけてる小学生みたいだ。恥ずかしい。今すぐ屋上に行ってこの身を大空に投げ出してやりたい気分だ。
「…………」
「…………観幸、サンドイッチ、落としたぜ」
共也君が指摘したにも関わらず、足元に落ちた食べかけのサンドイッチの亡骸には目もくれない観幸。……コイツ、さては僕に彼女なんて出来ないと思っていたな? 一方、共也君はただただ驚いているだけだ。まだこちらは良心的である。
「……何故?」
いつもの口調すら吹き飛んだ様子で尋ねてくる観幸。そんなの僕が聞きたい。きっと、彼氏のフリをしてもらいたい理由は単純に、たまたま断らなさそうな僕がそこに居た、という事なのだろう。……僕はどうやら見た目からして断れない雰囲気が漂っているようだ。
「いやー、良かったな貫太……ちと意外だったけどよ。ピカイチじゃねぇか」
「意外の二文字が僕の心に突き刺さるよ共也君」
「……取り調べするのデス。何か、何かトリックがあるのデス……」
「諦めた方がいいと思う……僕にもよく分からないから……」
2人とも僕に彼女が出来たという話がそこまで信じられないのだろうか。長く付き合っている観幸ならとにかく、共也君にまでそんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
下の名前で呼び合う辺り、いつの間にか仲良くなっていた2人を傍目に、僕は弁当のミニトマトを八つ当たり気味に噛み潰した。
酸っぱい。
その日の放課後、待ち合わせ場所の体育館裏で待っていると、愛泥さんが向こうから走ってくるのが見えた。
「ご、ごめんなさい……待ちましたか?」
「いや、全然大丈夫だよ。……で、これからどうするの?」
正直、気が乗らない。初めての恋愛関係が(仮)が付くようなものなんて認めたくない。……僕らしいといえば僕らしい。なんて言葉を否定出来ないのが悔しい。
愛泥さんが近寄って、恥ずかしげに顔を逸らしながら僕の手を握る。……僕の手の方が小さいだと……!?
「て、手を握って……その辺りを……」
待ってくれ。そんな馬鹿な。嘘だ。こんな小柄、いやまあ確かに僕より身長は高いけど、女子に、負けるなんて、嘘だ。認めたくない。
「あ、あの、貫太君?」
「ハッ! ご、ごめん。つい考え事してた」
「そう……なんだ……」
一瞬だが、視線が悲しそうな色に変わった。確かに、僕はそれを感知した。
そうだ。彼女は手を握ったんだ。僕の手を。それはきっと、勇気のいる事だったんだ。僕だって少し戸惑う。でも彼女は勇気を振り絞って、自分から手を握ったんだ。なのに僕は考え事をして……最低じゃないか。
「取り敢えず、学校の周辺を歩こうかな?」
軽くだが気分が重くなる。学校の周辺……知り合いに遭遇する確率は十分にある。いやまあ確かに、三年の先輩に知らせるにはそうするのが手っ取り早いのだろう。
でも、さっきの罪悪感もあってか、僕はまた首を振れなかった。やはり僕は、どこまで行っても断れない男なのかもしれない。
「じゃ、よろしくね?」
「よろしくお願いします……」
軽くリードされている気分になりつつも、僕は大人しく愛泥さんに手を引っ張られて校門から出た。
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