複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.18 )
日時: 2018/05/01 00:14
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 こうして、僕らは学校周辺を見せつけるかのように、手を繋いで歩く。周囲からはどう映るんだろうか。なんだかこう、いつもと何か違う。視線で舐められてる気分だ。

「貫太君、アレが監視です」
「アレ……?」

 愛泥さんがさり気なく視線を向けた先を、チラリとだけ見る。そこには一つの木があった。そして、その陰に隠れるかのように、男子生徒が2人ほどいる。

「なんで監視なんているのさ!」
「恐らく藤倉先輩が回したものかと……」

 三年の藤倉先輩は所謂学校を仕切る長として名を挙げられるほど喧嘩の腕が立つ。一応、僕も見た目は知っているがかなり体格が良かった。それこそ、共也君なんかと張り合えるレベルで。

「……喫茶店にでも入りませんか?」
「え?」
「貫太君も疲れてるでしょうし……」

 そのまま、愛泥さんと一緒に喫茶店に入る。普段僕が絶対に行かないタイプの店だ。中ではなく外のテーブルに座る。

「な、なんで中じゃないの!?」
「中だったら見られない可能性もある……ので」
「そ、そんなぁ……」

 くっ、どうして僕はこうやって抵抗するまもなく困難に突き落とされていくんだ。
 注文はよく分からなかったので取り敢えず自分でも飲めそうな甘いものにしておく。僕の好物は日本食なんだけどな。
 注文が来るまでの間、暫く無言が続く。……無言、ってなんか怪しまれそうな気がするな。なんか喋っておくべきかもしれない。そう思って、喋りかけてみる。というか、聞きたかった事だ。

「あのさ……愛泥さんは、なんで僕に彼氏役なんて頼んだの?」
「それは……怒らないで聞いて欲しいんですけど……」

 その後、愛泥さんは本当に苦しそうな様子で言葉を吐いた。

「……貫太君なら……断らなさそうだなって……」

 でも、僕にはその光景が異常に映る。この僕が断れない男っていうのは、もはや周知の事実と言っても過言じゃない。なのに、どうしてそこまで胸を痛めながらそう言うのか。まるで本心を押し殺しているかのような言い方をするのか。僕は、彼女の事が分からなかった。考え事をして返答をしないのもなんなので、一旦思考を止める。

「ああそういう事か。いや……断らなさそうって良く言われるよ。自分でもこの癖、何とかしなきゃって思うんだけど……ね」

 軽くため息を付きそうになって、慌てて飲み込む。そうだ、ここでため息を付いたら、なんか愛泥さんに文句を言いたいと囚われてしまう可能性もある。

「お待たせしました」

 そこで丁度ウェイターさんが注文した商品を届けてくれた。軽く会釈して自分のものを取って飲む。苦い。堪らず砂糖とミルクを追加した。もう一度飲むと、少しは良くなっていた。
 一方、愛泥さんは上品な感じで飲んでいる。……やっぱ綺麗な顔だなと見ていると、一瞬だけ目が合って、思わず逸らす。微妙な空気感になりつつも、取り敢えずカップの中の液体を飲み干した。

「……貫太君、私の事、どう思ってますか?」

 その発言に、思わずむせ返った。液体こそ飛び出なかったから良かったものの、僕は思いっきり咳込んでしまう。店員さんから心配されるほどに。

「あっ、ごめんなさいっ! 急にこんなこと聞いて……」
「いや、良いんだけどさ、どういう意味?」

 僕の何気ない質問にも、答えづらそうな表情をする愛泥さん。まさか僕、ひょっとして何か間違ったことでも言っただろうか。

「私って……貫太君から嫌われてるかも知れないって……」
「え?」

 嫌う? どういことだろうか。少なくとも僕は現時点では愛泥さんのことは嫌いではない。少しズレているのかなとは思うけど、彼女の行動には幾らか優しさがある。

「私……ずっと貫太君を困らせてばっかりで……でも私からは何もしてなくて……こんなの、ホントは頼むべき事じゃないのに……」
「ああ。大丈夫だよ。面倒事を押し付けられるのは慣れてるし、愛泥さんのはまだ良心的だよ」

 事実、これよりも厄介な頼み事をされた事もある。
 それを聞いたら、愛泥さんがテーブルを強く叩き、上体をこちらに乗り出してきた。食器が音を立てて揺れる。

「わ、私の事嫌いじゃないんですか!?」
「う、うん。そうだけど……」

 そこまで驚くような事だっただろうか、そうやって自分の発言を省みる。……いや、驚く要素は無いはずだが。

「じゃあ、私の事……好きですか!?」
「待って今とんでもないこと聞いてるから。また一から十まで説明できてないパターンだから」

 愛泥さんは焦ると話を端折る癖があるのだろうか。などと考えていたら、首を横に振る彼女。……それってつまり、本気で聞きたいということなのだろうか。
 正直、返答に困る。僕は愛泥さんの存在を知って数日程度だ。何故かこういう風に関わりを持っているけど、僕はまだ彼女の事を何も知らない。かと言って、変に気を使って好きなんて無責任なこというのは、僕は少なくとも嫌だ。

「嫌いじゃない……かな」

 結局、僕は逃げ道に走った、この言葉は嫌いではないが特筆して好きなわけではないという意味を持っている。つまり、大して特別な感情はないよと、そう伝えているのだ。

「そうですか……」

 残念そうな表情を浮かべて、椅子に座る愛泥さん。僕には彼女の発言の真意は分からない。ただ、今の彼女の顔は、とても残念そうだった。……まさか彼女は僕に──
 ──いや、変な期待は止めておこう。

「じゃあ出ましょうか」

 愛泥さんがそういうので、財布を取り出す。

「あ、会計は僕がやっておくから。愛泥さんは先に出てて」
「私が払いますよ。私が頼み事したんですから……」
「そっか。じゃあお願いします」

 そう言って席から立って会計に向かう愛泥さん。そこで、何かが通学カバンから落ちたのが分かった。向かい側の席に回ってそれを拾う。

「……なんだこれ? 熊……のキーホルダー?」

 キーホルダーだった。しかし、鍵などは付けられておらず、どうやらキーホルダー単体で持っていたらしい。……どういう事だろう。こういうの、好きなんだろうか。

「これ、どこかで見たような気がするなぁ……気のせいか」

 何となくこの熊のキーホルダーに既視感を覚えたが、特に証拠がある訳でもない。愛泥さんが遠くから声を掛けてきた頃には、既にその事は忘れていた。

「愛泥さんこれ。さっき落としたよ」
「あれ……ホントだ。無くなってる。ありがとうございます」
「あんまり新しいそうじゃないけど、愛泥さんって物持ちがいいんだね」

 そう言うと、愛泥さんは硬かった表情筋を少しだけ緩めて答えた。少しだけ、嬉しそうに。

「これ、大切な友人がくれたもので……思い出の品でもあるんです」

 そうか。だからキーホルダー単体で持っていたのか、と合点がいく。

「そっか。無くさないで良かったね」

 はい、と返答した彼女の顔は、やはり嬉しそうだった。その笑顔に、思わず可愛いと思ってしまったのは、どうでもいい話だろう。





 彼は覚えているだろうか。
 今日、ふとあの記憶を思い出した。まだ私が1年生だった時の、思い出したくもあり、思い出したくもない記憶。
 ただ、キーホルダーを差し出してきた時の姿が、どうにもあの時の姿と重なる。もしかしたら、彼は、

「……そんな訳無い……か」

 そうだ。まず彼は1年生の時に私の事を認知していたかすら怪しい。こちらが一方的に名前を知っていただけで、相手からすればせいぜい通りかかった一般生徒Aである。そんなの覚えているわけが無い。そして──1年生と2年生の私は違うのだから。見た目だって、今まで気にもしなかった肌や髪を気にするようになったし、歩き方だって変えた。少しでも、自分の姿を彼に認めてもらう為に変えたかった。
 本当は、声を掛けるのはもっと後の予定だった。でも、私にはもう、そうする必要が無い。少しばかり強硬手段でも、私にはその方法があるのだから。

「……おやすみなさい」

 どうか夢にも、貴方が出てきますように。


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