複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.19 )
日時: 2018/05/03 08:55
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 5VUvCs/q)

 次の日の朝。
 共也君といつも通り登校していると、また愛泥さんが登校しているのを見かけた。が、男子生徒は周囲にはいない。愛泥さんが気が付いているかは分からないが、遠巻きに眺めている男子生徒が多いようだ。……僕と代わってくれないかなぁ。

「コイツらも気ィ使ってんのかもな。貫太と愛泥に」
「そっかぁ……」
「ん? なんか妙に元気無いな。風邪か?」
「体調はいいんだけどね……体調は」

 これからの事を考えるだけでも憂鬱だ。ああ、どうして僕はこんな目に遭ってるんだと昨日から数えるともう10回は思っている。
 交差点で立ち止まっている愛泥さんが、こちらに気が付いた。手を振られたのでそちらへと掛けて行く。共也君も何となく察したのか、僕に付いてくることはなく、むしろ歩くペースを落とす。普通に付いてきて欲しいんだけどな……。

「おはよう。愛泥さん」
「おはようございます、貫太君。今日も……お願いしますね……」

 予想はしていたが、今日もあるのか。内心ではうへぇと悲鳴を上げつつも表面は取り繕う。

「あと、私の事は下の名前で呼んでもらって良いですか……? 私だけ貫太君呼びなのも……少し不自然な気が……」
「それもそうだね。愛で……り、隣さん」

 それから暫く通学路を歩いていると、向かい側の道路に一際目立つ存在が居た。大柄な身体に大人びた顔。制服を着ていなければ間違いなく高校生とは見られないであろう姿。……この件の隣さん曰く元凶の藤倉先輩だ。友人らしき男子生徒と歩いている。
 そして、向こうが横断歩道を渡った事で、丁度僕と愛泥さんが歩く道に入ってきた。……これ、まずいんじゃないだろうか。

「おはようじゃ、愛泥」
「……おはようございます、藤倉先輩」

 低めの声で、愛泥さんに声を掛けた藤倉先輩。……身長高いなぁ。180は越えているんじゃないだろうか。流石に見也さんとまでは行かないが、高校生にしては充分すぎるほどの丈である。

「そういえばじゃ、愛泥、確か──」

 その時、また、昨日聞いた金属音のような音が耳に飛び込んできた。不審に思いつつも、また気の所為だと思って特に気にしなかった。

「藤倉先輩! おはようございます!」

 唐突に大きな声が聞こえた。誰か、藤倉先輩に挨拶でもしたのだろうか。やたらと元気なその声が、さっき藤倉先輩が何か喋ろうとしていたのを掻き消す。

「貫太君」

 急に僕の手が引っ張られたかと思えば、愛泥さんが走り出す。危うく転ける所だったがなんとか体制を立て直し、愛泥さんと一緒に走る。暫く走って校門辺りに付いたところで、僕達は止まった。

「……隣さん、どうしたの?」
「……ごめんなさい。さっき、藤倉先輩に例の件の話をされるかと思って、つい」
「そっか。……藤倉先輩の気が逸れてよかったぁ……」

「そう言えばさ、藤倉先輩とどんな繋がりがあるの?」
「……答えた方が、良いですか?」
「うん、なんか気になってさ」

 嫌々、とまではいかないが、余り話したく無さそうな様子だ。それでも、僕が頼むと了承してくれた。

「私、生徒会に所属していて……藤倉先輩はそれで知り合いなんです」
「さっきの男子生徒は知ってる? あの大きな声で挨拶してた」
「彼は違うクラスの生徒会の人です……藤倉先輩と仲がいいんでしょうか」

 隣さんとの会話はここで途切れてしまう。何だか少しだけ、やりにくい。いつも話さないタイプの人だからだろうか。

 その後、昨日と同じように観幸から質問責めをされつつも、なんとか耐え凌いで昼休みに入る。

「僕ちょっとトイレ行ってくる」

 片手で了解のサインを出した観幸を後目に、トイレへと向かう。事を済ませて、手を洗ってハンカチで手を拭いていた丁度その時だっただろうか。

「おい、お前が針音貫太か」
「……はい? そうですけど」

 そこには、2人の男子生徒。少しだけ既視感があるが、何処で見たかは思い出せない。喋りかけてきた人とは違う方が、言葉を繋ぐ。

「お前、最近愛泥さんと付き合ってるって?」

 はっきり言って、全力で否定したい。これは肯定したら色々と面倒な事になるタイプの物事だ。
 でも、否定する直前で、胸がチクリと痛む。こんな所で、隣さんとの約束を破ってしまっていいのか。いや、ダメに決まっている。

「……はい」
「……ちょっとツラ貸せや」

 僕の背中に1人が回り肩を組んでくる。そしてさり気なく僕を押してくる。それも強く、無理矢理歩かせるように。前にも1人。この人たち、逃がさないつもりなんだろうか。
 階段を何回か登ると、屋上に着く。薄暗い階段を登っていた為に、日光に眩しさを感じていると、唐突に背中に鈍い感触がした。あまりに唐突な衝撃に、地面に倒れる僕。

「お前……ガチで愛泥さんと付き合ってんのか?」
「そうだけど……」

 答えた直後、脇腹が蹴られた。空気を無理に吐き出したせいで、数回程咳き込む。

「違うよなぁ?」
「だから違わないって」

 また、上履きが腹部にめり込んだ。それから何回も何回も、蹴られて踏まれて咳き込む。痛いなんて話じゃない。死にそうだ。今本気でそう思える。そして、こんな自分が惨めで、情けなくて、悔しかった。
 なんで僕がこんな目に合わなくちゃならないんだ……? 僕が何か悪い事をしたのか。なんでなんにもしちゃいないのに、こんな事で神様許してなんて考えなきゃいけないんだ。どうして神様は僕を助けてくれないんだ。

「おい、お前達」

 僕がそうやって、現実から逃げていた時、その声は聞こえた。

「何寄ってたかって1人を虐めとるんじゃ。ああ?」

 共也君や観幸の声ではなかった。低い声だ。重厚感があって、心に重く響くような声。

「ふ、藤倉先輩ッ……!」

 藤倉先輩、たしか、愛泥さんを、無理矢理彼女にしようとした……先輩だっただろうか。

「おう、そこのお前、今まで何しとったんじゃ」
「お、俺はただ……」
「嘘付くなよ」
「こ……コイツが愛泥さんと付き合ってるって言うから……」
「ほう、そこに倒れてる小柄な後輩君が愛泥となぁ」

 少し驚いたような声を出した藤倉先輩。なんでこうなるんだ。泣きっ面に蜂。ここで藤倉先輩にまで暴力を振るわれたら、もう僕は学校に来れる自信が無い。

「ふむふむ……なぁ、そこの立ってるお前ら2人……いい加減にせぇよ」

 だが、藤倉先輩の反応は180度違っていた。心底底冷えするような声で、彼は怒っていたのだ。僕に対してではない。この2人にだ。

「ひっ……!」
「確かに愛泥は美人じゃ。狙っとる奴が多いのも分かる。人の彼女だからって諦め切れんのもな。じゃけど……それを理不尽な暴力や脅しで無理矢理引き剥がすのは違うやろうが! 反省せぇ! お前達は根本から間違っとる! そんなことじゃ愛泥は一生お前らには振り向かんぞ!」

 大音量の説教は、こちらに向けたものでもないのにビリビリとした肌で感じれる迫力があった。これを聞いている2人は、一体どのように感じているのだろうか。
 顔をそちらに向けると、藤倉先輩は2人の胸ぐらを掴み、自分の顔を近づけ、脅すような表情で説教していた。

「いいか。俺は過ちを許す男じゃ。じゃけど過ちを悔い改めん奴は許さん。それが分かったらとっとと去れ」

 藤倉先輩が手を離すと、パッと離れる2人。

「は、はい! スミマセンしたッ!」

 揃って綺麗なお辞儀を見せた後、2人は急いで屋上から立ち去ってしまった。

「お前さん、大丈夫か」
「全然、大丈夫ですよ」
「そうか……お前さんは強いな」

 藤倉先輩は僕に手を貸しながらこんな事を言った。……僕が強い、なんてどういう事なんだろうか。

「僕は弱いですよ。今だって、何の抵抗も出来なかったのに」
「それがお前さんの強さなんじゃ」

 僕の言葉を遮る勢いで言葉を返してきた藤倉先輩。……それが僕の強さ……?

「相手の暴力に決して返さない。……こんなん普通の奴には出来ない事なんじゃ。俺が言うとんのは喧嘩や暴力の強さや無い。心の強さの事じゃ。お前さん、名前なんて言うんじゃ?」
「……針音貫太です」

 褒められたようで、少し恥ずかしいというか、むず痒い気分だ。藤倉先輩は笑いながら「そうかそうか! いい名前じゃな!」などと言って僕の肩をバンバンと叩いてくる。無論暴力的なものではなく、コミュニケーションの一種のものだ。

「お前さん、さっきのアホ共の話じゃと愛泥と付き合っとるのか?」
「はい。……なんででしょうね。僕なんかが彼女の恋人なんて」

 正直、この話題は振られたくなかった。なぜなら元凶はこの人であるし、今からもしかしたら僕に愛泥さんと別れるように言ってくるかも知れないからだ。

「……そうか。まあ頑張るんじゃな! アイツは気難しい所もあるが悪い奴じゃない! 根気強く付き合ってやってくれ!」

 ……え?

「それに、愛泥がお前さんを選んだのにもきっと訳があるはずじゃ。アイツは理由無しで人を選ぶようなボンクラじゃないんじゃ」

 その言葉を残して、藤倉先輩は屋上のフェンス際まで行ってしまった。そして、また1人、人影が屋上に現れる。

「雄くーん! お弁当持ってきたよ!」
「おお! 今日もありがとうな!」

 恐らく3年生の女子生徒が、藤倉先輩の方へ2つの小包を持って走って行く。片方を嬉しそうに受け取る藤倉先輩。……何だかまるで

「……恋人みたいだな」

 そうやってぼんやりと思いつつも、僕は階段を降り始めた。


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