複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.23 )
日時: 2018/05/11 13:07
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 腹部とフェンスを結び付ける鎖の力が、一層強くなった。ギリギリと鎖が擦れる度にフェンスが悲鳴を上げる。そして、僕はどんどん締め上げられていく。

「く、苦しい……た、助け……て」
「ふふふ、最高の気分です。こんなに、こんなに嫌いな人をいたぶるのが楽しいなんて知らなかった!」

 彼女の背中から、3本の鎖が発射される。それは、僕ではなく、鎖が外れた時に倒れた男子生徒達へと向かっていった。まさか、また操る気だろうか。

「させない……! ぐっ……!」

 僕が胸に手を当て、握るような動作をする。すると、3本のナイフが現れた。それをとにかく鎖を狙って投げる。
 不自然な程に起動を歪めつつも、それらはピッタリと鎖を弾いた。男子生徒に行き着く前に、着地点を見失った鎖達が、戸惑うように隣さんの方へと戻って行く。

「アレは実体のない鎖だったのか……?」

 具現化していない僕のナイフで弾く事が出来た。つまり、アレは具現化していない状態の鎖という事だ。彼女のハートは、具現化したものでは他人を操れないのだろうか。

「邪魔なんですよ! 鬱陶しい!」

 またもや、背中から鎖が発射される。今度は物理的効力があったのか、ナイフを投げてもすり抜けてしまい、防ぐ事は出来なかった。そしてフェンスに巻き付いた後に、2本の鎖が僕の両腕を絡め取り、フェンスに括り付けるようにして巻き付いた。いくら力を入れても、腕はびくとも動かない。

「小さな虫ケラの癖に!」

 鎖の力が強くなり、また一層、腹部が締め付けられる。そして、フェンスの悲鳴が大きくなる。

「や……め……て……! ダメだ……! このままじゃ……! 君も……!」
「今更何を言ってるんですか!? さっき貴方は私がいくら懇願しても頼みを聞き入れなかった! だから私も聞き入れません! ほら! 死になさいよ!」

 違う、そういう事が言いたいんじゃない。
 手を何回か握ると、そこにナイフが現れた。

「させない!」

 が、僕のナイフを握る手を、鎖が叩いた。当然それは僕の手から弾かれ、フェンスをすり抜けてはるか下の校庭へと落ちて行く。
 僕がそれに気を取られていると、鎖が手の平にグルグルと巻き付き始めた。恐らく、手の開閉をさせないようにする気なのだろう。しばらくすると、僕の手には毛糸玉のように鎖が巻き付いていた。

「……はぁ、はぁ……追い詰めましたよ……もう逃がしません……」

 追い詰められてしまった。確かに、その通りである。

「もう一度だけ聞きます……私の事、好きですか?」

 彼女の苦しそうな顔で吐かれたその問い。
 それを聞いた僕は

「……ははは」

 笑っていた。
 彼女が眉を顰めるが、僕はついつい笑ってしまう。仕方ない事だろう。
 僕がずっと悩んでいた事が、ようやく分かったのだから。少しくらい笑うのは許して欲しい。

「そっか。君は僕に是が非でもそれを言わせなきゃいけないんだね」

 僕がそう言うと、彼女の表情が強ばった。

「君のハート、《心を縛る力》はとても強い。だって人を無限に、幾らでも操れるなんて、余りに強すぎる。でもずっと疑問だったんだ」

 一呼吸おいて、続ける。

「どうして君は、僕らを操らないんだろうって」
「……ッ!」

 明らかに、顔に動揺が走ったのが見て取れた。
 だっておかしいだろう。人の事を操れるのに、僕の事を最初から操らないなんて。

「だからこう思った」

 僕は、友人の推理を披露する顔を思い出しつつも、それの真似をしながら言った。

「君のハートの範囲は……君に好意を伝えた人間なんじゃないか……ってね。好きだ、とか。そういう言葉さ」
「な……なんでそれが……!」
「だって君の周りには男子しかいないじゃないか! 女子生徒がいたっておかしくないじゃないか! なのに男子だけ。そして君がしきりに僕に言わせたがること。それらから考えて! 君のハートは好意を伝えてきた人間を操る力だ!」

 だから、僕は絶対に言ってやらない。言ってはならない。

「僕は言わないからな! 君が望む言葉なんて言ってやらないからな!」
「黙りなさい!」

 発射された鎖が、僕の首に巻き付く。ギリギリと音を立てていくそれが、どんどん僕の首を圧迫する。それにつられる様にして、体を締める鎖の力も強くなる。

「い、息ができ…………な……」
「さっきの言葉は慈悲だったんですよ! 私の最後のね! でも貴方はそれを蹴った! ……死になさい! 私の大嫌いな針音貫太!」

 そうか、彼女にとっての慈悲は、この程度のものだったのか。なんて軽く納得しつつも、僕は最後の力を振り絞って、愉快そうに笑ってやる。

「悪い事は……言わない……僕を放して……死んじゃう……」

 締め付けられた喉から、絞り出すように、枯れきった声を紡ぎ出す。その意図が、彼女に伝わらない事は分かっている。

「ハッ! 命乞いなんて情けない! 潔く死ね!」

 更に鎖の力が強くなる。当然、僕の気道は完全に潰され、遂には息が出来なくなる。
 そして、折れた。
 激しい音を立てて。
 僕の、背後のフェンスが、鎖の力に負けて、崩れた。
 僕は思い切り床を蹴って、フェンスに向かって跳ぶ。すると、フェンスは痛々しい金属音を出した後、呆気ない音を立てて、一部が空中へと投げ出された。
 そして、それに縛り付けられるように拘束されていた僕も、同じように空中に投げ出される。

「だから、言ったじゃないか」

 そしてその鎖は彼女から放たれたものだ。僕が落ちる瞬間、彼女も引きずられてその身を宙へと放り出す。

「僕を放して、君が死んじゃう、ってさ」

 目を見開く彼女の顔が、やけに色濃く景色に映った。まさに、しまったと言わんばかりの表情だった。
 そして、僕らは重力に従って落下を始める。

「間に合え……」

 僕が首に巻き付く鎖を手繰り寄せ、隣さんを引き寄せる。驚いた表情を浮かべる彼女を、思い切り腕で掴み、その体を自分の体と密着させる。
 彼女が反射的に僕を振り解こうとするが、その前に彼女の胸にハートで作ったナイフを突き立てる。刃に刻まれた文字は『死にたくない』の六文字。
 瞬間、彼女がハッとした表情を浮かべるのも束の間、背中から鎖を出し、屋上の千切れていないフェンスに巻き付けた。僕らの体が、ぶら下がるようにし静止する。
 ふう、なんて僕が一息付いていると、唐突に、自分の首に生暖かい何かが触れた。
 そして、それが僕の首を圧迫する。
 
「……そんな……!」
「殺すって言ったでしょう!」

 こんな状況で、2人で屋上から鎖で吊られている状況で、それでも尚、彼女が殺しにくるとは思わなかった。鬼気迫る表情の彼女は、ちょっとやそっとの出来事で、それを止めるようには思えなかった。
 先ほど絞められたこともあり、早々に意識が点滅する。いや、まだだ。まだ手は動く。足も動かせる。まだ、まだ何かできるはずだ。

「く……まだだ……!」

 諦めてたまるか。鎖で体が縛られているなんて関係ない。思い切り身を揺らすと、ガチャガチャと音を立てる鎖。そして、ブランコのように揺れる僕ら。

 ──唐突に、嫌な音が上から聞こえた。

 僕らが同時に上を向くと、鎖が絡めとっていたフェンスが、千切れ落ちてきた。僕らは再び重力に引きずり込まれるように落ちて行く。
 彼女が慌てて鎖を伸ばすが、もう僕らの速度は鎖を超えていた。当然、絡め取る事は出来ず、それは消滅する。

「間に合え……!」

 僕は、地面に、叫ぶ。

「間に合えぇぇぇぇぇ!」

 その声に、何かが呼応することを願って。


「ピカイチだぜ、貫太」

 そして、僕の待ち望んでいた声が、聞こえた。

「お前のハート、確かに受け取ったぜ!」

 胸にナイフが刺さった彼は、いつの間にか、落ちてくる僕らの真下にいた。そして、右手を僕らを受け止めるようにして掲げる。
 僕らがそれに当たる寸前で、自分自身の体が消えた。そして一気に視界が移り変わる。
 そこは丁度、学校の水泳の授業で使う設備、プールの上だった。彼のハート、《心を繋ぐ力》によって、落下地点とプールの上を繋げたのだ。
 僕らはそのまま、飛沫と共に激しい水の歓迎を受けた。



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