複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.24 )
日時: 2018/05/12 13:01
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 ぼやぼやと、景色が朧気に揺れる。
 私は何をしていたんだろう。
 私はただ、彼に振り返って貰えたくて、それで、それで。
 結局、嫌われてしまった。
 どうして、なんて、分からない。私には、分からない。私は本当は人との接し方なんて分からないし、人と話すのだって怖い。自分以外の人間が、怖くて怖くて堪らない。
 だから操りたかった。操って、私のものにして、私だけの言うことを聞いてくれる彼が欲しくて、私を嫌わない彼が欲しくて。私を……好きになってくれる彼が、欲しくて。

「結局、ダメだったな」

 頑張って、努力して、走って、疲れて、また頑張って、努力して、走って、繰り返して。
 本屋で読み慣れない雑誌を読んで、インターネットで聞き慣れない単語を検索して、洋服屋で気慣れない服を着て、美容室で見慣れない髪型に変えて。
 そして不思議な力まで手に入れて。
 それでも、私は彼を振り向かせられなかった。

「やっぱり私には……出来ないよ……」

 人生で一度だけ頑張ろうと思えた。人に関わろうと思えた。自分を見て欲しいと願った。全力で頑張った。足掻いてみた。最後の最後まで。
 でも、それでも。

「どうしたらいいの……?」

 私には、出来なかった。

「教えてよ……」

 ただただ、両手で潰すほど、キーホルダーを握りしめて。

「助けてよ……」

 彼女は、とても強い人だった。
 そんな彼女なら、どうしていたんだろう。

「ねぇ、私はどうすれば良かったの?」

 言葉が虚空に透けていく。

「私は、何がダメなの?」

 誰かに教えて欲しかった。

「分からないよ」

 私は何も分からない。

「分からないよ……」

 他人の心も、感情も、目の前にあるはずのものが分からない。
 自分の行動も、考えも、何が悪いのか分からない。
 自分か良いのか悪いのか。そんな単純な事も分からない。
 だって教えてくれなかった。
 みんな、私には教えてくれなかった。
 そんな事、分かるだろうって。

「分からないんだよ」

 知らないものは、分からない。
 分からないものは、分からない。

「誰か、私に教えてよ」







「──さん──起きてよ──」
「──落ち着──貫太─」

 意識が戻ると、途切れ途切れの音声が耳に飛び込んでくる。誰かが、2人で大きな声で話しているようだ。そして、途端に会話が止む。

「ん……」

 目を開けると、一面の空が広がっていた。そして、私の顔を覗き込んでいるのは……貫太君なんだろうか。しかし、それならばどうにも一つ、疑問が生じる。

「隣さん……良かった……!」

 なぜ彼は、涙を流しているのだろうか。嬉しさから来たものなのか、悲しさから来たものなのかは分からないが、私が嫌いな彼は、きっと私が起きたことを悔やんでいるのだろう。

「ったーく、ただ気絶してるだけって言ったろ?」
「で、でも……もしかしたら……」
「はぁー、お前ホント、良い奴だよな」

 2人が軽い様子で言葉を交わす中、1人置いて行かれる気分を味わう私。取り敢えず上体を起こしつつ、声をかけてみる。

「あの……」
「え? どうしたの?」
「……何が……起こったんです……か?」

 私は、何が起きているのかさっぱりわからない。鎖を屋上に引っ掛けたはいいものの、外れてしまい落下したところまでは覚えている。そして──何故か、プールサイドで倒れていた。

「俺のハート、《心を繋ぐ力》だ。詳細は省くがお前らが落ちてくる地点とプールの真上を繋げたんだよ」

 確かに、肌寒いと思えば制服はびしょ濡れで髪も濡れている。プールの中に落ちたのだと考えれば納得が行く。……最も、この男子生徒の不思議な力が、本当ならばの話だが。
 しかしまだ疑問は残る。

「……どうして私達の落ちてくる地点が分かったの……?」

 あの言い方だと、私達が落ちてくる場所が分かっていたようだが、そもそもどうやってそれを知ったのだろうか。
 男子生徒は私の方を向きつつ、右手で貫太君の方を示した。

「貫太が教えくれたのさ」
「知らせた、の方が正しいかも知れないけどね」

 貫太君は手元にナイフを出す。私に刺したものと殆ど同じ形状のナイフだ。

「僕のハート、《心を刺す力》は狙ったものに自動で飛んでいく性質がある。まあ、射程範囲は分からなかったから、賭けみたいなものだったけどね。さっきは共也君に無事にこのナイフが刺さったみたいだ」

 貫太君が刃の側面がこちらに見えるように見せてくる。そこには『助けて』と刻まれていた。恐らく、ナイフには刃に刻まれた文字以上の情報が入っているのだろう。何処何処に落ちてくる。とか。
 そして、それが貫太君によってもたらされたものなら、もっとおかしい。
 どうして、彼はそのナイフを私を止めるのに使わなかったのか?
 恐らく、彼が友人に向けて飛ばしたナイフは、彼が持っていたものを私が鎖で弾き飛ばしたものだろう。それ以外に彼がナイフを校舎へと落とした記憶は無い。
 そして、彼はそのナイフには自動で対象に飛んでいく性質があると言っていた。つまり、そのナイフを使えば、もし彼の力を活用すれば、私なんて簡単に止められたのではないか。

「んじや、愛泥も目覚めた事だし、俺は後始末に行くぜ」

 そう言って、知らない男子生徒は両手に屋上の千切れたフェンスを抱えながら何処かへと行ってしまう。どうやって直すつもりかは分からないが、彼のハートを使ってなんとかするつもりだろう。

「……じゃあ、僕も」
「待って!」

 貫太君が立ち去ろうとした時、思わず引き留めてしまう。
 貫太君は、一瞬だけ苦そうな顔をした後に、私の方を振り返らなかった。そして、背を向けて歩き出す。
 いや、彼が聞いてくれなくなって構わない。私はただ、彼に言いたいだけなのだから。

「どうして! どうして貴方はあのナイフを私に使わなかったの!? 貴方の力なら、簡単に私を倒せたでしょう!?」

 彼は、振り返らない。
 しかし、異常な程に、その拳を強く震わせている。

「貴方はまさか──自分が殺されそうになっている時に、私を助ける方法を考えていたんですか!?」

 それでも、彼は答えない。
 私は最後の質問を飛ばす。彼が居なくなってしまう前に。

「貴方は、貫太君はどうして私を助けたんですか!? 私は貴方を殺そうとしたのに!?」

 言い切ると、彼がその歩みを止めた。痛い程の静寂の後に、こちらを振り向く彼。彼は、少しだけ答えづらそうに、こう言った。

「君を助けた理由は……無いんだ」

 その言葉に、彼の姿が、一年前と重なった。
 私がぼーっとしていると、彼は振り返る時に、言い残した。どこか少しだけ、懐かしむような声音で、いつもの優しい表情で。

「あのキーホルダー。今も大切にしてるんだね」

 彼は、まさか、私の事を。

「ああ……」

 彼が遠くへ行く。もう声も届かないかもしれない。だが、それでも関係無い。

「彼は……変わっていなかった。……あの日の、私が好きになった貫太君と、変わっていなかった……」

 だから、思い切り体に力を入れて、全身から声を絞り出す。この心が、彼に届くように。
 ──いや、届かなくても構わない。
 ただ、彼には知っておいて欲しい。

「私……! 貴方の事が好き! 私はなんにも分からないけど……でも! それでもいい! だって、私は貴方の事が……好きだから!」

 もう何も分からなくたって構わない。

「絶対、振り向かせてみせるから!」

 ただ、私は彼が好きである。それは依然として変わらないし、むしろ前より想いは強くなった。だからハッキリと言える。

 愛泥隣は、針音貫太に恋していると。

 そしてこれ以外に、なにか必要な事実があるだろうか?




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